第1章 第5話 ギルド その1
借金返済に向けて、自宅を売るにしても少しでも高く売りたい。意を決してギルドの中に入り、カウンターへ向かうと女性職員がにっこりと対応してくれた。
「ようこそギルドへ。各種お支払いでしょうか。それともお仕事探しですか。ちなみに冒険者登録もこのカウンターです」
10代後半に見える女の子が少し頬を赤らめて尋ねてくる。彼女のとんがった耳を確認したフミは、眉間にしわを寄せ、一気に警戒心を高めているようだ。一般的なエルフと違ってかなり人間よりのスタイルで、笑顔もかわいらしいのだが……。
フミはそんな俺の気持ちを見透かしたかのように、無言で俺の腕を引き寄せる。俺たちは、彼女に屋敷の抵当の事や借金のことを相談した。
「それでは、こちらで登録をお願いします」
「……あれ?」
周りを見渡すと、何か周りの視線が怖い。明らかに周囲から敵視されているように感じる。俺って、何か恨みを買うようなことをしたのだろうか。まだ知らない事情があるのかも知れない。
フミに聞くと、「それは……」と、話してくれた。
俺は、魔力量を直接表す黒目黒髪のせいで、人間以外の女子から非常にモテていたそうで、恐ろしいことに『女たらし』という悪いうわさが広まっているそうだ。
どうやらロディオは今まで散々リア充生活を送っていたと思われる。今までのロディオの行状を詳しく話そうとするフミを慌てて制止。
「いやフミ、それ以上の説明はいいから!」
ホント、ロディオ何やってくれてんだ。おいしい記憶が全くない俺からすれば迷惑もいいところである。
ちなみに、同じ人間の女の子からは特に何とも思われていない感じがする。若くてイケメンにはなったものの、異世界でも人間の女性から大してモテないのは相変わらずのようだ。
それはともかく……おい、受付のお姉さん。何でわざわざカウンターから出て来て俺の手を取ってるの? 隣に女子がいますので、そんなことをされると、色々と困るんですけど……。
少し幼げな、華奢でちっぱい推定Bカップの8等身のエルフさん。これ以上、身を寄せられても困ります。
「私は今月から、受付で働いているララノアです。末永く、ごひいきに!」
素早くフミが、俺の腕を柔らかいものから強引に引きはがした。
一瞬びっくりしたようなララノアだったが、すぐに笑顔に戻る。さすがは社会人。
「少々お待ちください、不動産のカウンターまでご案内しますね」
「あっ、いいです。場所さえわかれば私たちだけで行きますっ!」
少し切れ気味に答えるフミに引っ張られ、不動産部門のカウンターに向かう。そこで、猫耳の受付嬢に要件を手短に話すと、しばらくして、奥から細い眼鏡をかけた人間の男性担当者が出てきた。
「ああ、不動産の売却ですか」
男はつまらなそうにそう言うと、分厚い資料から、俺の家の書類を取り出した。
「ふむ。実際に見に行かないと正確な金額は出ませんが、おそらく、1億くらいでしょうね」
「そこをもう少し、何とか」
「そう申されましても、相場というものがございます」
「なら、どうすれば高く売れるか教えてください」
「我々ギルドとしては、少しでも安く買いたいのですが」
「他に買い取りしてくれている不動産業者はありますか」
「いいえ、我々ギルドだけですが」
くっ、どうやらこの世界、不動産はギルドの独占の様だ。複数の業者から査定してもらえないばかりか、この非協力的な物言いでは買い取り価格のアップも期待できまい。
「屋敷を売却した後は、安い賃貸に移ろうと思います。どこかいい物件も併せて紹介して欲しいのですが……」
この提案にも、渋い顔をしていやがる。
「ちょっと待っていてください。フミも少しだけここにいてね」
俺はフミをなだめて、ララノアのところへ向かった。
「あっ、ロディオさん」
買い取り価格は、どうにもならなかったが、転居先にはいい物件が見つかった。
◆
次の日、ギルドで屋敷からの退去手続きを済ませた後、すぐに1LDK家賃5万の物件に入居を決めた。小さいが、庭付き一戸建ての小屋……いや、家だ!
俺がララノアに涙ながらに事情を説明したかいもあり、今月分の家賃を来月払いにして貰った物件である。敷金・礼金の制度がなくて助かった。その代わり、ララノアと2人で買い物に付き合う約束をさせられたが。
ついでに、ギルドの農業部門のカウンターで、試供品の野菜の種をもらってきた。フミは家庭菜園も得意なようなので、任せておこう。
結局、屋敷は予想通り1億で売れ、借金は残り5千万。もう、タイムリミットは1か月を切っている。
今の家から、残しておく家具以外のものを古道具屋に持っていくと、買いたたかれたが、少しは現金が入った。
新居への引っ越しも無事終わり、フミと2人で硬い黒パンと水だけの夕食を取った後、俺は一つの重大な問題にぶち当たった。今夜から寝室をどうしよう。新居は、リビングダイニングに寝室が一部屋だから、布団は当然寝室。ベッドはないので、布団は直接床へ敷くことになる。
フミは遠慮して、キッチンのほうへ自分の布団を持って行こうとしていたが、さすがに、台所で寝かせるわけにもいかない。寝室で一緒に寝ようというと、フミは何を思ったか、俺の前に正座をしてこう切り出した。
「フミは、フミは、覚悟ができています。いつかこんな日が来るだろうと思っていました」
自分の掛け布団を両手で抱きしめ、もじもじしながら顔から耳まで赤らめているフミ。
「……」
「なあフミ、俺たちは、結婚はおろか、付き合ってすらいないだろ。だから、俺は手を出さないって」
「えっ。いや、でも……」
結局、俺たちは、寝室に布団を二組敷いて何事もなく普通に寝た。ただし俺は、すいよすいよと幸せそうな寝息を立てるフミの横でほとんど眠れなかったが。
フミは夜中に寝返りを打ち、こちらを向いて俺のシャツの裾を握って朝まで離さずに寝ていたからである。




