第5章 第7話 休日 その1 ☆
「ロディオ様~!」
目の前に現れたのは、セーラー服を着た美少女エルフ。白地に深緑のラインが入っている。
この世界で制服といえば、メイド服くらい。それ以外では一部の騎士団が、自分の部隊の装備を統一するくらいだったのだが、俺は自領に、CA風のスーツ・浴衣・ナース服・学生服やセーラー服、更には白衣など元の世界の制服をどんどん取り入れている。
こうすることで、服で職業や所属が分かるので、街でもめったなことはできない。俺の趣味もあるのだが、このことは内緒だ。
ララノアは今回、クルージングということで、本来の用途ではなく文字通りセーラーの服を着てきてくれたのだろう。
しかし、困った。この夏服は、ララノアにけしからんほど似合いすぎて可愛すぎる。いや、この可愛さクセになる!
慌てた俺は素早く例のお経を詠唱し、自分の気持ちを持ち直す。……そう、無の境地だ。
「皆様、こちらです」
俺の無茶ぶりにもめげず、グランが用意してくれた遊覧船は、小ぶりだが内装も豪華でバーカウンターやキッチンもついていた。
バーテンダーや料理人の姿は見当たらないが、そこは何とグラン自らが担当してくれるらしい。グランには、出来るだけララノアにサービスするよう含んでおいてある。
今日は、男女2人がクルージング体験をして問題点を洗い出すのが目的で、フミには給仕役を頼んだ。説得するのに一晩中かかったが。
城門前の船着き場から出発して、運河と湖を巡る、およそ50キロの行程をクルーズする予定だ。川面には陽光がキラキラと反射し、緩やかな風が気持ち良い。俺たちは遊覧船の2階のデッキに移動し、そよ風に吹かれながらゆっくりと出発した。
今日も船着き場は千客万来。多くの商人や旅人で込み合っている。俺たちは、そんな喧騒をよそに、優雅にクルージングを始めた。
運河からユファインの方を見上げると、10メートルほどの壁がそびえ、実に立派な城郭都市の面構えを見せている。反対側は、しばらくは一面の草原が続き、その後は原生林のジャングルに入る。
遠くでラプトルの鳴き声が聞こえる。運河のほとりに設置してある、ラプトル用の檻にはすでに半分近くが罠にかかっており、さっそくサーラ商会の回収が始まっているようだ。檻は正直、クルーズ船からは見えない所に設置した方がいいな。
運河の水は、街中の温泉の排水を利用しており、ユファインの周りを半周して、南の湖を満たすようにされている。ちなみに街の下水は、運河には一切流さず、浄化槽を通してから大森林に流されている。
何しろ豊富な湧出量の温泉の流れが常にあるため、底まで澄み渡り、いつの間にか多くの熱帯魚が住み着いていた。綺麗な魚影が見える。グランに尋ねたが、ここで泳いでも問題ないらしい。それどころか、冷めた温泉、いわゆる冷泉に入浴するのと同じような効能があるとのことだ。
運河を見ると、サンゴらしいものが目に入る。淡水なので海にいるような色鮮やかなサンゴは少ないが、川サンゴという淡水でも育つサンゴの仲間があちこちに繁殖していた。
将来は、サンゴ礁を育てて、シュノーケルポイントを造れるかも知れない。グランによれば、これらのサンゴはとても珍しい種類だそうだが、ここの温泉の、少し塩分を含んだ泉質が、生育に適しているのだろうという事だった。
そのうち、船は川サンゴの群生地に到着して動きを止めた。俺は、ララノアの右手をとり、デッキから階段で船倉に降りる。
階段を下りるとそこは展望室になっており、ガラス越しに水中の様子を見れるようになっていた。
「うわあー……きれい」
ララノアは俺に寄り添ってうっとりして窓の外を眺める。目の前には川サンゴの森を優雅に泳ぐ、美しい熱帯魚の群れ。
「故郷を思い出しちゃいます」
ララノアは、ブルームーン王国がある南方諸島出身。仕えていた貴族家が没落し、幼くしてハウスホールドへ家族で移住。
両親が病で亡くなった後は、雨期に移動する隊商に入れてもらって『竜の庭』を突っ切り、トライベッカやサンドラで働いてきたらしい。
ララノアの話を陰で聞きながら、フミがハンカチで涙をぬぐっている。幼くして奴隷として売られた自分の立場と重ねているのだろう。
俺もララノアの話を聞いて、彼女に対する見方が少し変わったような気がする。今まで、明るくて前向きな、かわいい受付嬢の姿しか知らなかった。
……。
ふと、我に返ると、俺の腕にそっと手を絡めて、うるんだ瞳で見つめてくるララノア。
おいおいおい……目を閉じて、顔を俺に近づけてきた。
「お、お、お料理の御支度が出来ましたぁ!」
フミがなんかすごい勢いでやって来た。顔を引きつらせて俺たちを見やりながら、テーブルにランチのコースを並べる。
慌てて俺から離れるララノア。耳を真っ赤にさせて照れている。かわいい……思わず見惚れそうになる俺だったが、フミの殺気を受けて、慌てて詠唱する。
「さあ、どうぞ、お掛けになって」
ララノアを席までエスコートし、椅子を引く。ララノアの右手を取ると、彼女も優雅に応えてくれた。ララノアは殺気を含んだ視線を寄越すフミにちらりと目をやりつつ、微笑みながら、俺にささやく。
「そこのメイドさんには、もう下がってもらってもいいですか?」
フミは俺を見ながら、目を見開いて全力で顔をぶんぶん振って拒否の意志を示していた。
俺は静かにフミに近づき、耳元で言い聞かせた。
「ごめん。後で必ず埋め合わせをするから、戻っていてくれないか?」
「……!」
俺を一瞬にらみつけ、すぐ、そんな自分に気づいて顔を伏せるフミ。
「わかりました。ですが、埋め合わせは、存分にしてください。私が納得できるくらいですよ」
「うん、約束する」
俺の言葉を聞いて、小さくうなづいたフミは、ミニスカートを揺らしながら、駆け足で急な階段を昇っていった。今日は、白地に深緑のストライプの縞パンでした。この2人、実は意外と気が合うのかも知れない。
テーブルに並べられたコース料理をララノアと共に味わう。ララノアのテーブルマナーは完璧にみえる。俺は、元の世界で両親から、ナイフやフォークの使い方を学んではいたが、それ以上の事は知らない。
「俺は、テーブルマナーに疎いんだ。せっかくだから教えてくれないか」
「はい。ですが、ロディオ様は、今のままでも十分、貴族社会で通用するくらい上手ですよ」
そう言えば、グランからも注意されたことはなかったな。
普通、コース料理は、一皿ずつ並べられるのだが、俺たちのテーブルには、フミが料理を一度に運んできており、テーブルが皿で一杯だ。
俺はララノアと相談しながら、本来の順番通りに皿を取り、一品ずつ味わっていった。何せ、俺はコース料理に疎いので、ここはララノア頼みである。
「じゃあ、次の皿はこれかな」
「はい」
一瞬、2人の手が重なり、びっくりして目が合い、慌てて下を向く2人……。
……。
中学生カップルか!
俺は、階段の上から、包丁を握り締めて目を血走らせているフミを確認して、別の意味でも、ララノアから目を逸らしていた。
しばらくしてふと気づくと、俺の脇にはワインを手にしたグラン。
「本日は、赤の10年物と、冷えた搾りたての白がありますが、どういたしましょう」
俺が白を注文すると、ララノアも同じものを頼んだ。
2人で白ワインを交わす。俺はかつて、ワインは南半球の白をキンキンにひやしたものが好きだった。こちらに来てからはエールが多かったが、久々の白ワイン。飲んでみると、元の世界のそれと遜色ない味わいだった。
「うまいな」
「おいしいです」
しばらくして食事を終えた俺たちは、デッキに上がる。2人が到着したタイミングで遊覧船も動き出した。そよ風に吹かれて水面を見つめる2人。ララノアは俺に寄り添い、そんな俺たちを祝福するように、遠くに巨大なライリュウのつがいが、互いに長い首を絡め合っている。グランの計らいなのであろう、船はゆっくりライリュウたちに向かう。
全長30メートルを超える巨大ドラゴンを見て、最初はびっくりしたララノアだったが、大人しく人懐っこい首長カップルに笑顔で手を振っている。
程なく、グランがお茶とケーキを持ってきてくれた。フミとは大違いで、静かで優雅な給仕ぶりである。
「ありがとう、グラン。グランもここで、一緒に食べよう」
一瞬訝しがるグランだったが、すぐ元の表情に戻る。
「執事のグランは、優秀なんだよ……」
ひとしきり、俺がララノアに執事自慢を終えた頃、船は運河の奥にある湖に入る。
「……!」
そこはまさしくドラゴンの楽園。ライリュウをはじめとする草食の水棲ドラゴンたちが、何十匹も優雅に寛いでいる。これぞ、『ドラゴン・ガーデン』と呼ぶにふさわしい光景があった。湖には、ライリュウなどの首長竜。水辺には角や鎧を持った大型のドラゴンの家族団らんの光景。赤ちゃん可愛い。
巨大なライリュウの大群に、さすがに近づき難い遊覧船は、しばらくドラゴンたちの傍を漂った後、ゆっくりと湖を後にする。
圧倒的な光景に感動したらしいララノア。遠ざかるライリュウたちに、思いっきり手を振っていた。
夕方、遊覧船は元の波止場に到着。あっという間にクルーズは終了した。俺はララノアの手を取り、岸に上がる。ふと、バランスを崩したララノアの腰をとっさに支えた。思っていた以上に華奢で、細かった。いい匂いがふわっと広がる。俺はそのままララノアをギルドの宿舎まで送った。
「今日は本当にありがとうございました」
花咲くような笑顔で微笑むララノア。
「ですが、私は今日のデートが、どんな理由かもすぐにわかりましたよ。ロディオ様は、私に、素敵な殿方を紹介しようと思われたのでしょう?」
「い、いや違うんだ」
全くその通りなんだが、その場を取り繕うような言葉が口から洩れる。
「多分、ロディオ様は、エルさんやロイさんから私の事を聞いて、不憫に思われて、このかわいそうなエルフに、素敵な男性を紹介しようと、誘われたのですね」
何も言えねえ。
「全部わかっていますよ。要するに、ロディオ様は、私が魔力に惹かれだけだと思われて、別の男性でも構わないと思われたのでしょう」
「そして、私はロディオ様から寵愛を受けることはかなわず、体のいいお断りが、今日のデートだったんですよね」
……。
「私、明日、サンドラに帰りますね」
両目いっぱいに涙をため、それでもこぼさずに頑張って、作り笑顔全開のララノア。俺はそんな彼女に、やられてしまった。
ただし、金縛りにあったかのように、体を動かすことが出来なかった。物陰からこちらを窺う、物凄い殺気を感じていたからである。
(四月咲 香月 さま より)




