第5章 第2話 温泉町トーチ
翌日、俺とフミは『アイアンハンマー』の皆さんと合流。トライベッカを出発しトーチを目指した。
運河は、ハウスホールドまでのものと同じく道路の両側に造る。同じ船が通行しやすいよう、同じ規格に統一している。ただし、侯爵の体面を考えて、道路は石畳で舗装する。
フミは、『アイアンハンマー』の皆さんから「嬢ちゃん、嬢ちゃん」と可愛がられて、とても嬉しそうだ。休憩中もかいがいしく皆の世話をしては褒められていた。
「お嬢ちゃん、また一段と料理の腕が上がったな」
「少し見ないうちに綺麗になって」
「また女っぷりがあがったんじゃないか」
「いい奥さんになれるぜ」
「少しやせたか? ちゃんと食べてんだろうな」
フミは、最近少し太ったことを気にしているが、さすがはベテラン冒険者。誰一人マイナスなことは口にしない。
いつだったか、旅では仲間に対してどんな些細な事でも、相手が嫌がるようなことは、絶対に言わないことが鉄則だと聞いたことがあったが『アイアンハンマー』の皆さんは、本気で褒めている様子である。
嬉しそうに笑顔をほころばせ、生き生きとしているフミ。俺も普段からもっと褒めていこう。
俺たちの一行は、いつもと同じく、フミが先に行って目印の棒を立て、俺が街道脇の地面を押し固めていく。
見通しのいい所なら大体、700~800メートル先の所にフミに立ってもらい、そこを目印に俺が左右にU字型の溝を造る。その後はフミと2人で地面に圧力をかけた後、石で舗装。街道も石で舗装した後の仕上げは『アイアンハンマー』さんたちが丁寧にしてくれる。
旅も3日目になると、街道を行く見物人も増えてきた。旅人や商人が、足を止めて工事の様子というか、土魔法の実演を見物している。そうこうするうち夕刻を迎え、この日も野宿の準備のため作業を終えた。
「こんばんわー。差し入れでーす」
一仕事終えた俺たちに、サーラ商会から、冷えたエールとスライスされたラプトルの肉が届いた。あまりにも大量のため、バーベキューの匂いに誘われて集まってきた人たち全てに肉とエールを振る舞う。
次々に人が集まり、いつの間にか大宴会になってしまった。
「いやあ、こうして工事をしながら、皆で飲んでると、『竜の庭』を思い出すな」
「そうですねえ。俺もあの旅が懐かしいです」
「はい。ロディオ様」
「わし等も家族にいい土産話が出来た」
「ユファインか。また行きたいよ」
「そうですか、是非いらしてください。大歓迎しますよ。ハープンさんも喜ぶでしょう」
「そういや、あいつも今やギルド長か。久しぶりに一緒に飲みたいな」
最初こそ念入りにゆっくりと進んだが、日を追うにつれ俺たちの連携がスムーズになり、5日目の夕方には、トーチに着いた。予定より半日ほど早い。
「おおっ! これがあの、トーチ?」
トーチの周囲は見事な石壁が張り巡らされ、城門には2人の衛兵が守っていた。俺たちのことを告げると、笑顔で応対してくれた。
「お話はかねがね伺っております。どうぞお通り下さい」
俺たちは城内に案内され、言葉を失った。
……。
これがあの、トーチ……。かつての無人のパーキングエリアは、立派な街に変貌を遂げていた。
城門をくぐると大通りが整備され、両側には露店が立ち並んでいる。その奥には、リゾートホテルの様な大きな建物。足湯にも、観光客たちが、笑顔で入ってくれている。
ちなみに奥に見えるのはは高級ホテルで、脇には一般的な宿もある。俺たちがホテルに向かうと、スイートルームに案内された。
「ここは、特別仕様のお部屋です。領主様も、トーチに来られた際はここに宿泊されます」
俺とフミには、総支配人が直々に接客してくれた。
露天風呂は相変わらずだったが、施設は大きく改装され、ゴージャスな雰囲気になっている。入浴のみの人も受け付けているため、少し遅い時間だったが結構な混雑ぶりだ。
ひと風呂浴びた後、俺はその足で総支配人の所まで行き相談を持ち掛けてみた。
「ここの露天の大浴場は、かなり混んでいましたね。おそらく女湯もそうでしょう」
「はっ、はい」
汗をふきふき恐縮する総支配人。どうやら俺がクレームに来たと勘違いした様だ。
「いや、いや、クレームじゃないからね。繁盛するのはいいことだよ。俺が言いたいのは、ここは湯量が豊富だから掘ればすぐ温泉が出る。別の源泉を作って、男女もう一つずつ露天風呂を造るのはどうかと思ってね。もっとゆったりと、多くの人に楽しんでもらえるだろう?」
「そうできればいいのですが、新しく源泉を掘り湯船を造るとなると費用が……」
「いや、費用はいいよ。俺たちが造るから」
びっくりする総支配人。どうやら、最初にトーチの温泉を造ったのが俺だとは知らなかったらしい。どうりで、足湯広場にあった俺の銅像が本人と似ても似つかないものだったはずだ。
『アイアンハンマー』の皆さんやフミに話すと、喜んで賛成してくれた。
翌日、朝食を食べるとすぐ、俺たちはホテルの前に新たな源泉を掘り、風情のある岩風呂を造る。足湯も少し広げておいたので、これでもう少しゆったりと温泉を楽しめるだろう。
恐縮してペコペコお礼をしてくれる総支配人に軽く挨拶して、造ったばかりの湯船に直行。一番風呂に浸かった。ああ~気持ちいい。
結局この日は、1日トーチでゆっくり過ごしてしまった。工事は明日からで問題ないだろう。




