第4章 第9話 執事
翌日、バランタイン侯、クラークさん、ハープンさん、俺、フミの5人は、侯爵家の従者と共に、建設途中の領内を見てまわる。特に完成間近のギルドの大きさに、バランタイン侯は驚き、ハープンさんはドヤ顔だ。
「こんな大きなギルドを造るにしては、工事の人員が不足しているようですね」
「はい、そうなんです。何せ今、領内で働いてくれているのは、新しく領民として移住してくれたエルフが10人と、建築作業の山エルフが5人。内装や鍛冶を手掛けるドワーフが3人だけです。ギルドが本格的に動き出すまでは、苦しいです。でも、実はそれより、もっと欲しい人材がいるのですが……」
少しあつかましい気もするが、思い切って甘えてみた。
「ほう、コザの他にも?」
「我が領内は、何もかもこれから造っていかなくてはなりません。クラークさんやクリークさんの様な、優秀な執事が欲しいのです」
俺の言葉に、バランタイン侯とクラークさんは顔を見合わせて、うなづき合っている。
「実は、そのことなのですが、心当たりがあるのです」
バランタイン侯から告げられたのは、何とクラークさんの息子。クラークさんの家は、代々執事としてバランタイン家に仕えていたのだが、若い頃は他家で修行を積むのが慣例。今回、クラークさんが一躍平民から貴族に入ってしまった為、跡取り息子の就職先として中々見合う所が見つからなかったそうだ。
「クラークには、ウチに来るよう言っているのですが、同じ職場は、甘やかしてしまうだけだと言って聞きません」
「いくら当人たちが気を付けていても、周囲の者が忖度するのまでは防げません。できれば私のあまり目に届かないところで、執事として一から鍛えてもらいたいと思っています。どうか、見習い執事として置いてやってはいただけないでしょうか」
「貴族として爵位を頂きましたが、我が家は執事以上でも以下でもありません。爵位はあくまで、バランタイン家の仕事上の都合だけですので、必要がなくなればいつでも返上すると日ごろから申しています」
なんと立派な人か! 感動した! この人の息子なら間違いないだろう。
「それと、息子をもし、雇っていただけるのなら、給金は当面、最低賃金でお願いします。ただでさえ、おいしい食事に、温泉までついているこの環境は、働く者にとって、恵まれ過ぎていますので」
「こちらとしては構いませんが、息子さんの意思はどうなのでしょう。果たして『竜の庭』みたいな危ない所に来てくれるでしょうか?」
俺が今後の人材募集について、頭を悩ませている一番の点はこれだ。この世界の常識では『竜の庭』は一番の危険地帯。一体、どこの誰がそんな所に好き好んで自分の大切な息子や娘を行かせようとするだろうか。
「それは、大丈夫です。ユファインの安全に関しては、本人が一番わかっていると思います。……グラン、そうでしょう」
クラークさんは振り返って、従者らしき青年に声をかけた。
「はい。私も是非ここで働きたいと思います」
「ええっ! じゃあ、あなたが、クラークさんの息子さんですか?」
「クラークの長男のグランです。執事として一から頑張りたいと思います。よろしくお願いします」
グランが俺に恭しく頭を下げる。今まで従者として控えめに振る舞っていたため、存在感がほとんどなく、まるで空気のように気配がなかった。
しかし改めて見てみると、グランは俺より少し背が高いくらいだから、およそ180センチ近いスマートなイケメン。この世界に来てから俺以外では初めて目にする黒目に黒髪。どちらも少し茶色がかってはいるものの、魔力量が多いのは一目瞭然。黒の細身のスーツがよく似合っており、いかにも執事のイメージにふさわしい。年齢は25歳ということだがやけに落ち着いている。精神年齢は俺とあまり変わらないのかも知れない。いや、むしろ上かも知れない。
「よかった。それではグランは、今から早速仕えるのがいいでしょう」
バランタイン侯の一言で、俺は生まれて初めて執事を持つこととなった。
バランタイン侯とクラークさんは、翌日帰るという事で、その日の夕食は、外でラプトル肉のバーベキューを行った。これは、使節団の一行が、ここユファインで温泉を掘り当てた時にみんなで食べた、思い出の料理である。
エールやジョッキも当時のものを再現し、俺たちはクラークさんと共に当時を懐かしがった。バランタイン侯はそんな俺たちを見て、少しうらやましそうだ。
「困難な旅だと思っていましたが、こんな楽しげなこともしていたのですか」
夜も更け、そろそろお開きにしようとしたその時、バランタイン候に呼び止められた。
「実は、共和国は、ハウスホールドから直接サンドラまでの交易ルートを確保したいらしく、長大な運河を造る計画があるのです」
……来たよ。また運河か。
「予算は当初100億アールでしたが、私が60億アールで引き受ける代わりに、すでにあるトライベッカの運河とつなげることにしてもらいました」
「どうでしょう、ロディオ殿。この仕事を引き受けてはもらえないでしょうか?」
はっきり言って、相変わらずの運河造りにいささか辟易するが、グランとコザさんの事もあり断りづらい。報酬は、侯爵が引き受けた60億をそっくりそのまま俺にくれるというものだ。
「ウチとしては、サンドラまで運河がつながる。国としては、予算が、40億も節約できる。ロディオ殿も、60億あれば領内の整備も捗る。しかも、60億は、工事が始まり次第、私の所から前金で渡しましょう。三方良しとはまさにこのことですね」
独りご満悦のバランタイン侯。
「グランはどう思う。お前の考えを聞かせてくれないか?」
「はい、この規模ですと、人件費がおよそ20億に資材が30億ほど要ります。その他雑費も加えて、限界までコストをカットしたとして、ざっと70億で工期は1年半くらいでしょうか。かなり厳しい条件だと思われます」
何この優秀さ。俺は、一瞬で即答したグランの頭の回転にいたく感心してしまった。
「さすが、グランは優秀だね。でも、この工事なら、特に資材はいらないよ。俺とフミに荷馬車が一台と食料や日用品。後は運河の仕上げをしてくれる人が、5~6人で2週間といったところかな」
俺の言葉にさすがのグランも目を丸くして驚いていた。
「そういたしますと、旦那様と奥様の働きを除けば、200~300万で出来てしまいますが……」
「そんなあ、奥様だなんてぇ」
相変わらずの反応をするフミ。
「ロディオ様。グランはきっとユファインを支える立派な執事になると思います」
フミはすっかりグランの事を気に入ってしまったようだ。
俺とフミは翌日、バランタイン侯たちと共にトライベッカへ向かった。馬車や作業員などは、クラークさんが手配してくれるそうである。今回は『竜の庭』の様な危険な場所を通るわけでもないため、護衛の代わりにC級程度の実力を持ったパーティーを付けてくれるそうだ。
グランには、ユファインの完成予想図を見せながら、今後の構想をじっくりと語って、留守を任せた。グランには俺のいない間も、総責任者代理として開発を行って欲しい。
「お館様、フーミ様、お気をつけて」
笑顔で手を振るグラン。ユファインの事は彼に一任しておいて問題なさそうだ。




