第1章 第4話 異世界都市サンドラ
とにかく、どうにかして金を作らなければならない。まずはこの屋敷。フミによれば1億くらいだそうだが、もっと高く売りたい。
俺は、フミに連れられて魔法学院に休学届を出した後、ギルドを目指してサンドラの街を歩く。夏休みのせいか若い人の姿が多いような気がする。街の人口は30万人くらいだそうだ。
街の中心には小さな噴水を中心とした広場があり、その周りに商店などの建物が並んでいる。広場には露店が立ち並び賑やかだった。同じ人口でも、日本の同規模の県庁所在地より余程活気がある。建物は石造りのものが多い。
街の人は、東洋と西洋のハーフっぽい人が多い。圧倒的に茶髪。金髪は少しいるが黒髪は見当たらない。瞳の色も茶色が多く、後は青や緑。そして猫耳や犬耳も……。エルフもいる。女性の比率が高いからだろうか、華やかな雰囲気である。
人間70パーセント、獣人10パーセント、エルフ10パーセント、残りはドワーフその他といった割合だ。
初めて見る街並みに興奮し、きょろきょろ街を見まわしていると、急にフミから腕をつかまれた。
「ロディオ様、私の傍を離れないで下さいね!」
どういう意味か分からないが、とりあえず頷いておく。
フミに腕を組まれながら街を歩く。この街の女性たちは、チラチラ俺を見てくる人が多い。中には長めの耳をぴこぴこ動かしながら、俺を見てひそひそ話している人も見かける。物珍しいのだろうか。
……どうやら人間以外の種族の女の子たちから見られているみたいだ。
「なあフミ」
「……」
「何で耳の女の子たちは、俺のことをじーっと見てくるんだ?」
「そ、それはロディオ様が素敵で、多分あの子たちはロディオ様を見て、その……」
フミによると、この世界の男は、魔力が強ければ強いほどエルフや獣人族の女子から人気なのだとか。彼女たちは人間の女子より、男の能力や経済力に本能的に惹かれるというのがその理由らしい。そして人が持つ様々な能力の内、魔力だけが丸出しなのだ。
エルフや獣耳の女の子が俺とすれ違う度、笑顔でウインクしてくれる。あるいは小さく手を振ってくれたり。そしてその度、痛たた……。フミが俺の腕を引き寄せる。
……痛いです。俺は何もしていません。
フミの話によると、フミがふと目を離した隙に、俺が犬耳の女の子に引っ張られて行ってそのまま拉致されそうになったことがあったらしい。
獣族には発情期なるものがあり、その期間はいろいろ危険なんだとか。下手をすれば、命のやり取りもあるらしいから笑い事では済まされない。
でも、それって俺のほうが魔力が強かったんだろ? 前のロディオだったら妙な事されても自分で逃げられるだろうに。不審に思ってそのことをフミに聞くと……。
「ロディオ様は、女の子に腕をつかまれて嬉しそうにしておられました! 私が助けなかったら、どうなっていたことか!」
くそ、叱られてしまった……。というか、何で俺が怒られてんだ! ロディオの奴~!
魔力量で言えば、フミも黒目。しかもこれほどまでの美少女なだけに、男子から人気はあると思うのだが、そうでもないらしい。
この世界では超絶美人のエルフ女子が君臨しているせいで、他種族の女子はそれほどモテないというのがその理由。そしてこの世界の美の基準が、どうやら俺のそれとは違うらしい。
この世界で一般的に人気のエルフさんは、基本的に細身できりりとしている。スレンダーで元の世界でいう所のモデル体型が美人の条件。逆にたゆんたゆんしている癒し系のグラビア体型の子や、スマートでも制服が似合いそうなロリっ子は、人気がないということだ。
……この世の不人気ジャンルは、俺にとってどストライクです。
「私なんて、全然体型が良くなくて、本当は街を歩くのも恥ずかしいんですよ」
そう言いながらも、俺を守るかのように体を寄せてくるフミ。柔らかいものがあたっています。ちなみにこの世界では、スタイルが美の大きな基準とされているため、女性はスタイルさえよければ年齢種族に関係なくチヤホヤされるらしいが、そんな恩恵に預かれる女性の大半はエルフ族。
そして、アイドル・女優・モデル・ラウンドガール・ミスコン女王、その他、
喫茶店や居酒屋の看板娘に至るまで、きれかわ女子のポジションの大半をエルフがほぼ独占。しかも、彼女たちはなかなか引退しない。
エルフの女子は、ただでさえスタイルが良い子が多く、10代からもれなく美少女。その後段々と美しい女性になり、そのまま最高の状態をずーっとキープ。
人族でいう所の、10代後半から20代前半の人生で一番美しく輝いている時間を40年位保った後、徐々に成熟した大人の女性の魅力が加わっていく。
80~90歳くらいまでは、人間で言うところの20代後半から30代前半のような外見。その後、急激に老いて、100歳前後の天寿を全うするのだとか。
当然、他種族の女子にはつけ入る隙が無い。だって、平気で70代後半のミニスカエルフがパブの看板娘だなんて当り前なのである。
恐ろしい世界である。
もっとも、例えエルフでも人間と見分けがつかないような外見の者も少なからずいるそうだが。
エルフの女子は気位が高いせいか、普段は男に対して強引なアプローチはしない。その代わりに自分の気に入った男がいれば、例え相手が既婚者だろうが自分の仕えている主人だろうが関係なく色目を使ってくるので油断も隙も無いのだとか。
「ですから、ロディオ様は十分お気を付けになってください。万が一間違いでもあれば、私は亡くなった奥様や旦那様に顔向けできません」
確かに、街で人気のエルフ女子は綺麗で魅力的ではある。しかし、何か……。そう。温かみというか、かわいらしさが足りないというか……要するに何だかクールすぎるのである。
例えば、俺の個人的な感覚からすれば、華麗なパリコレモデルやハリウッド女優より、制服の似合う日本のアイドルの方が、親しみやすくてかわいいと思えるのに似ているのかもしれない。ただし、そんな10等身エルフも、俺を見ると一様に相好を崩して微笑えみかけてくれるのだが……。
「……エルフの女子って確かに綺麗かも知れないけど、俺は何かタイプじゃないよな」
そんなことをフミに漏らすと、ものごっつう喜んでくれた。
「きゃいいーっ♡」
フミは俺の腕を取って笑顔全開。俺の腕をそんなにブンブン振るんじゃないよ!
「ロディオ様! ロディオ様は、やっぱりよくわかっておられます! そこらの男子たちとは大違いです! さすが私の主様です!」
何で俺がここまで褒められているのかよく分からないが、喜ぶフミはかわいいな。それにしても、フミは何かエルフに恨みでもあるのだろうか?
人目もはばからず、これみよがしに腕を絡めてくるフミ。あの……やわらかいもの、当たっています……。
石畳の大通りを2人密着して歩く。この街は産業革命前のヨーロッパのようだ。魔法が蒸気機関の代わりをしているのかも知れない。
しばらく歩くと、フミは大きな建物の前で立ち止まった。
「ここです」
目の前に由緒のありそうな立派な建物があった。石造りの2階建て。いかにも歴史がありそうな重厚な造り。しかもかなりの大きさである。
ちなみにこの世界のギルドは、元の世界の小説や漫画でよく描かれているような、主に冒険を斡旋する場所とは少し違うようだ。どちらかというと、ハローワークと市役所・郵便局・JAを兼ねたような、重要な社会インフラらしい。職員は、準公務員といったところだろうか。
もちろんドラゴンもいるそうで、ギルドは冒険者と呼ばれるその方面の人たちが毎日やって来る場所でもあるらしいが。
「よし」
俺は軽く深呼吸をし、分厚い扉をゆっくりと開けて中に入っていった。




