第4章 第7話 開店 ☆
時間は午前10時になった。店の前には、大勢の人たちが列をなしている。
「いらっしゃいませー!」
ララノアと山エルフのウエイトレス部隊の元気のいい挨拶にお客が殺到する。メニューのフードは、ステーキ500アール、串焼き300アール、ステーキと串焼きのセット700アールのみ。
その他、ドリンクはドワーフエールが大ジョッキ200アール、中ジョッキ150アール。水は店内の中央に冷泉の井戸を作っており、各自自由に飲んでもらう。思い切って品数を限定してみた。
俺とハープンさんは、人の集まり具合を確認しながら、9時過ぎから大量の肉に軽く火を通し、少し温めればすぐに出せるよう準備していたんだが……。
「おねーさん、ステーキ2人前お願い!」
「こっちは、セット8人前!」
しまった! ここは元の世界の日本じゃない。一人が必ず一人前を頼むわけもなく、最初から複数人前を頼んできた。すぐに、ホールのララノアから厨房に連絡が入る。俺は次々と肉に軽く火を入れていき、ハープンさんは仕上げをしてから盛り付ける。
開店から1時間が経つが行列はまだ途絶えない。お土産としてテイクアウトの需要が多いのだ。自分が店内で食べながら、お持ち帰り用の肉が焼けるのを待っている人もいる。
俺とハープンさんは、厨房で火の車だが、フミとの特訓で身に付けてきた生活魔法を駆使して何とかしのぐ。しかし、もう大量注文に間に合いそうもない。
「フミ!」
「はい!」
「今ある在庫をすべて厨房へ運んで、俺と一緒に調理を手伝ってくれ」
「はい♡」
これが、俺の奥の手。厨房を3人体制、しかも魔法使いを2人にし、生活魔法が得意なフミを前面に立てる。
誤算としては、開店わずか2時間ちょっとでこのカードを切ってしまったことである。今後、これ以上の戦力増強は難しい。しかし、メニューが3種類。
ステーキと串焼きだけなので、注文が通る前でも予想しながらどんどん焼いていく。俺とフミは厨房のコンロを使わず、自前の火魔法で焼き続けている。
……よし、ここはどうにかなりそうだ。
安心してホールに目をやると、レジに長い行列。もうそろそろレジにも助っ人が来てくれるはずだ。
「こんにちはー」
ようやくエルが来てくれた。エルによれば、今日はお昼前には仕事が終わるという事で、俺は、出来るだけ早く『キッチン☆カロリー』のレジをしてくれるよう頼んでおいたのだ。
エルがレジに立つと、まるで魔法の様にそれまでの長い行列がみるみる短くなっていく。何とかなりそうだ。これは思いもかけず完売ペースか。午前中に来た客がゆっくり足湯や散策を楽しんで、午後にもう一度食べに来てくれるケースも多々あった。ありがたいことだが、そんな客に限って帰りにお土産を目一杯注文するので、俺たちの忙しさにも拍車がかかる。
そして、あらかじめ準備していた1万食がみるみる底を尽きそうになった。
「すみませんハープンさん、倉庫に保管してある熟成用のラプトルの肉を全部持って来てもいいですか?」
「いいのか?」
とにかく大切なのは、今日というこの日に、ドラゴン肉を食べ損ねた人を出さないことだ。
「フミも頼む。手伝ってくれ」
その後、山と積まれた熟成肉を俺たちはひたすらカットした。厨房で、味付けして焼いて盛り付ける。そして、夜の10時に、何と1万5千食あまりのラプトル肉を売り切って、完売閉店を迎えた。
「皆、完売だ!」
「バンザーイ、バンザーイ」
客が帰った店内で、俺たちはエールを片手に打ち上げ。フードだけでなくエールも大好評だった。おかげで、予想をはるかに上回る売り上げになった。
普通なら疲れてぼろぼろになっているところだが、今日は俺がポーションを大量に用意していたため、皆、思いのほか元気である。しかし、明日以降も通常営業がある。
明日の仕込みは5千食用意する。食材のラプトル肉は、仕入れ値がほとんどかかっていないため、多少売り上げが落ちようとも、毎日大儲けである。ハープンさんには、明日からは無理しないで、売り切れれば営業を終了するように頼んでおいた。
自分の部屋に帰ったのは午前1時をまわっていた。ふらふらと部屋に戻った俺は、そのままベッドに倒れ、泥のように眠った。明日は午前中は休みにしていて正解だった。
◆
翌日、俺とフミはぐっすりと寝た後、昼過ぎに『キッチン☆カロリー』の様子を見に行った。
相変わらずの行列だが、ハープンさんとララノア、山エルフだけで十分捌けている。これは仕込みを手伝うだけで足りそうだ。しかし、このままではユファインの建設に支障が出てしまう。
どうしたものか……。
そんな時、エルが満面の笑顔で俺に吉報を届けてくれた。
「ロディオ様! 今しがた、ハウスホールドからエルフが10人到着しました。皆、すぐにでも働いてくれます」
エルに連れられて俺の前に整列したエルフたち。皆、高い能力を持ちつつも、故郷では力を発揮できずくすぶっていた者たちだという。
全員、初級の生活魔法が少し出来る美少女たちなのだが、各家庭の三女や四女で、このまま故郷にいたところで、婿を取るのも難しく、思うような仕事もないのだとか。
エルフの世界は、男女を問わず生まれた順から結婚を決められる。共和国など外国に来るエルフは、長女や次女はほぼおらず、大体が三女以下。そんな立場の彼女たちが、恋愛や婚活に必死なのは仕方のないことだろう。
「皆、俺の所に来るからには、故郷を捨ててこのユファインの領民になってくれるということでいいのかな?」
俺の問いに、真剣なまなざしでうなずくエルフたち。
「君たちの衣食住と温泉は俺が保証する。仮に将来、いい男を見つけてここから出ていくことになっても構わない。ただし、ここで働く以上、様々な仕事をしてもらうことになると思うが、要望があればいつでも俺に言ってくれ」
「覚悟の出来た者からここにサインをして欲しい。サインを終えた者から我が領民として迎えよう」
俺の言葉を聞いて、エルフたちが我先にとサインをした。俺とフミを除く、初めての領民が10人できた。
彼女たちを簡易宿舎に案内し、荷物の整理が終わり次第、領内を案内する。今夜は温泉に入ってドラゴン料理を食べてもらい、明日から早速『キッチン☆カロリー』の仕事を引き継いでもらうことにした。
エルフとの引き継ぎが終わり次第、山エルフたちには、ギルドと旅館の建設に従事してもらう予定である。山エルフの皆がお気に入りだったメイド服は、まだまだたくさん在庫があるため、自分が着ていたものは、それぞれプレゼントすることにした。
俺はその後、フミを伴って『キッチン☆カロリー』の横に、串専門店の『串や』をオープンさせるべく基礎工事を行う。明日から工事が行えるよう段取りもつけた。
『串や』は、カウンターだけの立ち飲み形式で、お酒と串料理の店。もちろんテイクアウトもしている。これはお父さん方に喜ばれると思う。開店は一週間後の予定である。
この店の特徴は、店内に源泉をつくり、料理はすべて蒸し料理であること。焼く手間がかからない分、スピーディに料理の提供が可能だ。店の前には、広い足湯を造る。もちろんテイクアウトも大歓迎。自分で言うのもなんだが大人気になるだろう。
(四月咲 香月 さま より)




