第4章 第5話 設計
俺たちの爵位に関しては、後日、共和国から正式な使者が来るそうだ。使者から奏上された爵位をその場で受けることで正式な叙任となるが、すでにバランタイン侯爵から内示と言う形で爵位を教えてもらったため、もう全員が貴族を名乗ってもいいそうである。
貴族になると、それなりの体裁を整えたり、様々な催し物への参列やパーティーへの出席などがあるらしいのだが、サンドラへ交代で仕事に行くクラークさんやクリークさんがその手の集まりに顔を出すくらいで、俺たちは特別に以前と何ら変わらない生活が許されていた。
思い返せば、トライベッカからハウスホールドまでの街道及び運河の建設とユファインの整備、通商交渉とそれに伴うハウスホールド周辺の運河づくりと、我ながらよく働いたもんだ。
レインや『サラマンダー』と別れ、俺たちはユファインへ。ハープンさんとエルも一緒である。
ここのお湯に浸かっていると、なんだか実家に帰ってきたような気がするから不思議なものだ。
「ここのお湯は最高だな」
「いやあ……」
露天風呂で、ハープンさんから温泉のことを褒められると、まるで自分が褒められたかのようにうれしくなってしまったのだった。
◆
この日、入浴を終えた俺たちは浴衣に着替え、全員会議室に集まってもらった。
「皆さん、これを見てください」
俺は、ユファインの街の完成予想図を広げて、都市計画を話した。
「ほう。こりゃあ、すげえな」
「さすがロディオ様です」
「すごいです!」
エルフ商人は、目をお金マークにしている。
新たに造るユファインの街のモデルとしたのは、平安京。ただし、スケールはそれより大きい。1辺が10キロの正方形の領地を、高さ10メートルの石壁と深い運河が囲む。
街道から、運河の上に大きな太鼓橋が架かり、入り口の城門へ至る。
門をくぐればすぐ、地上2階、地下一階の巨大温泉旅館がそびえる。名付けて『一の湯』。左右に違う泉質の温泉を備えている。この温泉の奥に、ユファインの街が広がることになる。逆に『一の湯』の施設内を通らなければ街に入れないという、まさに我が街のランドマークである。
『一の湯』の中には、フードコートや直営店の他、雑貨・お土産・衣料品や日用品などを扱う専門店を入れる。
イメージとしては、大きなショッピングモールの中に宿泊施設付きのスーパー銭湯を入れたような形である。
もちろん、『一の湯』の内外に造った足湯は無料。旅の途中に軽く買い物や食事をしに寄ってもらうだけでもいい。日帰り入浴も可能だ。よって将来、ユファインへの入国税は無料にしたい。
『一の湯』の先にはギルドと直営レストラン。その奥には商店や教会などの建物が並んだ大通りが続く。幅50メートルの直線道路がまっすぐ延び、一番奥には、街の政庁を置く。街には碁盤の目の様に直線道路が走り、大通りから一本外れた通りには左右とも主に観光用の運河を設置。運河の両岸には柳並木と黒壁の倉庫街。ここには、お土産屋やカフェのテナントを誘致予定。左右とも一番端には農地を造る。
建物の建設をハウスホールドからの山エルフとドワーフ、トライベッカからの大工や設計士に行ってもらう。俺とフミが行うのは、街全体を囲む石壁と運河、そして貯水池造り。街中では主に道路と運河、区画整備や用水路、様々な建物などの基礎工事である。建物の建設は、おおまかな設計図だけ渡して専門家に任せる予定だ。
「ギルドは当面、簡易事務所でお願いします。『一の湯』予定地の向かいの大通り沿いに、石造りで重厚なものを造る予定ですので、完成までは御辛抱ください」
このユファインを造るに当たって、職人や商人を確保するには、ギルドが何よりも重要である。『一の湯』が完成してお客さんが来るようになれば、当然、従業員も必要だ。特に50メートル道路を挟んでギルドの向かい側に先行オープンさせる予定の、ドラゴンステーキ&串焼きの店には、早急に人手が欲しい。
ハウスホールドとアルカの間で交易が本格化してから、両国を行き来する人数は日増しに増え、またたく間に1日あたり、千人を超える様になった。ユファイン前のキャンプ地にも、多くの人がテントを立てている。
「ハープンさん、ドラゴンの肉をさばける人と料理人、それにウエイトレスが欲しいんですが」
「う~ん。ユファインもまだ住人がいないし、他の街に募集をかけても、少しばかり時間がかかるかもなあ」
と、いうわけで、ユファイン産のドラゴン肉は、しばらくの間ハープンさんに捌いてもらうこととなった。
本人曰く、料理の心得もあるそうだから、料理長も兼任してもらおう。未だ仮設のギルドは、開店休業状態のため、ハープンさん自身も暇なのが逆につらいらしい。
なんと報酬は、ドラゴン肉の食い放題で引き受けてくれた。ギルドは、仕事が多かろうが少なかろうが、一定の給料を保証してくれるので、生活には困らないのだとか。そして、ウエイトレスもギルドの受付嬢に手伝ってもらうこととなった。
普通に考えれば『竜の庭』みたいな危険なところにあるギルドへの異動なんて、希望者はゼロだろうと思われていた。しかし、奇跡的に1名の意欲あふれる希望者がいたそうだ。しかも、ギルドの体制が整うまでは、ウエイトレスなどの雑用をしなければいけないことも承知でわざわざ来てくれるという。
世の中には何とも奇特な人がいるものだ。
俺の構想としては、このユファインは、単なる貿易の中継点と言うだけでなく、一大温泉リゾートとして開発していきたい。そして将来は、住民の福利厚生に努め、出来る範囲で、奴隷の人たちを、少しでも解放できたらいいなと考えている。
今は、トーチのおかげで温泉はアルカの国中に浸透しつつあるが、亜人の国の住人など、温泉を知らない人もいる。まずは、最初に造った露天風呂や足湯を無料開放し、交易の途中に立ち寄ってもらうつもりだ。
この街の建設に伴う費用は、いくらかかるのか分からないが、エルとロイには相談してある。とにかく、資材の購入にしろ職人を雇うにしろ、当座の費用は全てサーラ商会に立て替えてもらうことになった。
その代わり、毎日、生きたラプトルをトライベッカのサーラ商会へ出荷することになった。
ユファインはさすが『竜の庭』の真ん中だけあってドラゴンが豊富だ。中でも一番食いつきがいいのはラプトル。
専用のわなを仕掛けた檻を用意して運河の外に置いておくと、翌日にはたいていかかっている。そしてその檻ごと船に乗せ、運河を使ってトライベッカにある商会本店まで運ぶ。
ここで、解体されたり、生きたままサンドラなどへ送られたりして『ドラゴンミート』のブランドで各地に流通していくこととなるそうだ。
ラプトルは、輸送費込みで一頭あたり、国産和牛並みの値段で引き取ってもらっている。何しろ天然もので流通量が少ないため、肉の値段が高騰しているのだ。
そして、ラプトルをはじめドラゴンは、肉以外にも、皮や歯・爪・骨など、様々な部位が道具や装飾品の素材として使われており、この世界には『ドラゴンに捨てるところなし』という格言があるくらいなのである。
それでも、ユファインの開発にあたり、資材や人件費、および日用品や食料などの生活必需品が必要。 当然赤字である。今後も、スタイン家の執事やメイド、あるいは領地開発のための人員を雇うとなると、簡単には黒字にならないだろう。
それにしても、貴族として領主になり、それなりの現金も手元にあるのだが、未だに借金生活とは……。 唯一の救いは、個人的な借金ではないため、支払いで多少不備があったとしても、俺やフミが奴隷に落とされることがない点くらいである。
◆
とにかく俺は領主というより、土建業者の様な生活が続く。今日もフミと共に運河と石壁造り。ユファインがハウスホールドと違うところは、街の中にも運河を張り巡らせている点である。ドラゴン対策のための防衛だけじゃなく、街の中の観光と物流のための運河である。来る日も来る日も、造り続けるが、なかなか終わりが見えない。
俺は最初、軽く半月ほどで出来ると踏んでいたが、現在1か月たってようやく全体の目途がついたばかり。まだまだ、建物の基礎工事や農地の土地改良をはじめ、仕事は山のように残っている。
アルカ共和国とハウスホールド王国の交易が盛んになるにつれ、街道や運河は、人や馬車・船が増えてきた。
そして、多くの人が2国間のほぼ真ん中にあるユファインで休憩がてら足湯に入りに来たり、野宿したりしている。あまりに多いので、今では無料のキャンプスペースを増設し、井戸やトイレも増やす羽目になったくらいである。
そんな中、万全を期して、我がユファイン1号店ともいえるドラゴンのステーキと串焼きの店『キッチン☆カロリー』が開店にこぎつけた。これまで、トライベッカの前を通る商人や旅人は、足湯に浸かって野宿をし、各自が持参してきた携帯食料を食べていたのである。
オープン前日には、ハープンさんに頼まれて、俺とフミはステーキと串焼きの仕込みを手伝った。合わせてざっと1万食分。俺とフミは、生活魔法全開で次々と肉をカットし、チルドで冷やしていく。たとえ余っても、何日かは保存できるし、どうせオープン記念の宴会でもして、皆で食べるだろうからいいだろう。
明日は俺も厨房に立ち、フミもウエイトレスをしてもらう予定である。山エルフのみなさんも、オープン初日からは、工事を中断してこちらを手伝ってもらう手筈になっている。
◆
ちょうどその時、ユファインの船着き場には、一層の小さな舟に乗って待望のギルドの受付嬢が船着き場に到着していた。
「ロディオ様……」
全身が白で統一され、大きな幅の広い帽子をかぶった女の子が静かに岸へ降り立った。
◆
俺とフミは、新たな戦力が到着したという報告を聞き、今日は早く休むことにした。いざという時のために、ポーションも大量に用意して店の厨房に置いておく。明日は一日中、立ちっぱなしになるかも知れない。
「明日は、修羅場かもな」
「はい」
『キッチン☆カロリー』は、本来は10時開店のところを、前倒して9時に開店することになっている。
この時、俺は明日、別の意味でも修羅場になることなど、夢にも思っていなかったのであった。
 




