第4章 第2話 凱旋
トライベッカに着き、南の城門前で船を降りると、そこには、出発時に乗ったオープン馬車が用意されていた。何だか、前より装飾が多い気がする。
「少々お待ちください」
バランタイン家の執事たちに、門の脇に急きょ建てられたような小屋に案内される。ここで、見栄えのいい衣装に整え、凱旋パレードに臨むのだそうだ。
レインは、バランタイン伯から頼まれている用事があるとかで、小屋の外で何やら氷の塊の様なブロックを大量に作っていた。荷車が何台も止まり、氷の塊で一杯になった傍から市内に運ばれていく。はて、一体何だろう?
夕方、オープン馬車に乗り込んだ俺たちは、花火の合図でゆっくりと大通りを北に進む。
沿道には、ラプトルの肉がどんどん焼かれている。街の民衆は、エールやワインを片手に大歓声だ。
今回は、山と積まれたラプトルの高級肉のバーベキューを何と数量限定ではあるが、無料で皆に振る舞っている。貿易で手に入れたばかりのドワーフエールは、若いメイドが売り子となって販売している。出発時より、ますますスカートが短くなっているようだが、ハープンさんによると、エールの売り上げは、売り子のスカートが短くなればなるほど伸びるらしい。
この、倫理や良識より、そろばんを基準にして物事を考える流儀。「ああ、トライベッカに帰って来たんだなあ」と、しみじみ思う。
例によって、しばらくすると、バーベキューの焼き手は物好きな市民にゆだねられ、執事や使用人たちは、串に刺した鶏肉や腸詰肉など、有料の屋台にまわっていった。
ほんと、バランタイン家はテキヤみたいである。何でも俺が農地を改良したところ、バランタイン家の農園は4毛作が可能になったそうだ。
庶民としては、最高級肉がタダで食べることができるのはこの上ない幸せだろう。そして、ジューシーな肉のバーベキューは、食べれば食べるほど、エールが欲しくなる。そのうち、「少しはサイドメニューの有料おつまみもいいか。だって、最高級肉がタダなんだから元は取れてるし……」と、財布のひもが緩んでいく。
思えば、今日はトライベッカの連休初日。お父さんは、たらふく飲んでも明日も休み。しかも今まで飲んだこともないドワーフエールが、特別価格として今までのエールと同じ値段である。売り子は超ミニスカートのメイド部隊。伯爵の指示で多少のセクハラなんて目をつぶってくれている。
ただし、出発時と違い今回は現金のばらまきはしていないそうだ。他の貴族たちから、いくらなんでも下品すぎるやり方だと、陰口を言われたのがその理由。今回はクリークさんも「現金のばらまきは、御家の品位にかかわります」とやる気満々のバランタイン伯を必死で説得したという。
よく目を凝らして街を見てみると、頑張っているのはメイドたちだけじゃない。奥様連中にエールの売り込みをかけているのは、若い執事のイケメン部隊。全員ホスト風の黒いスーツで統一された彼らもまた、バランタイン家の為に奮闘中である。あそこなんて、一緒にシャンパンコールみたいなのをしている。そこのお姉さん方、ここは道路の真ん中ですよ……。
出来上がっている女の人は、バランタイン家の執事たちに、ボディタッチどころか料理やエールの口移しまで要求している。何と、料理やお酒を購入した人限定で伯爵が許しているそうである。まさかこんなことをするために、バランタイン家に就職したわけでもあるまいに……頑張れ! 若人よ。
一連の動きを見るに、メイドは成人男性にのみ声をかけ、執事は成人女性にのみ声をかけている。そして、子供には年配の使用人がかき氷を売っている。レインの氷作りはこのためだったのか。ちなみにかき氷の原価も、シロップと容器以外はただのはずだ。
「あのかき氷、お前が考えたのか?」
「ああ、伯爵から手紙で内々に、俺の魔法を使った、子供受けするものはないかと聞かれてな。かき氷のことを伝えたら、早速このパレードに合わせて新商品として売り出すんだと。冷たいスイーツなんて、今までなかったからな」
それにしても、レインは日本人みたいなことを考えるな。さすがは俺の親友の事だけはある。そんな風に考えながら馬車から手を振っていると、
「きゃーっ!」
女子たちの大歓声。手に手に団扇を持っている。よく見れば、彼女たちが持つ団扇には「大好き」とか「愛してる」とか書かれている。中には半被や鉢巻で気合が入っている娘もいた。
「おいレイン、あれ一体なんだ?」
「……俺に聞くな」
黄色い声援を送る観衆の団扇には、高確率で「レイン様♡」と書かれてあったのだ。
バランタイン伯は、どうやら今回のパレードに合わせて俺たちのオリジナルグッズを作って、売りさばいていたようである。まるで、芸能人の様に俺たち、いや特にレインを売り出そうとしているらしい。
恥ずかしがるレインと、むっとしたマリアのせいで、俺たちの馬車は異様な空気が流れているぞ。勘弁して欲しい。
そして、馬車は、ゆっくりとギルド方面へ近づいていったのだが……。
「おい、ロディオ、お前も中々隅に置けねえな」
にやにやするハープンさんに言われて目をやると、エルフや、ケモ耳の女の子達が待っている。俺たちの馬車が近づくと「きゃーっ」と歓声が上がった。そして俺がゆっくり手を振ってみると……。
「ローディーオー様ー!」
獣人女子とエルフ女子。亜人の女の子たちからの大歓声である。
はっきり言って恥ずかしい。本当ははうれしいんだけど……。
隣でレインが俺の脇腹を小さく肘でつつきながら、「くくく……」と笑っている。くそ、先ほどの意趣返しか。
ちなみに、フミは俺の隣で苦虫をかみつぶしたような顔で、眉間にしわを寄せていた。
「ロディオ様! この人たちは、私が後でまとめて成敗しておいてもよろしいでしょうか?」
いやいや、絶対だめです。今までロディオが女性がらみで皆からの恨みを買っていたのは、間違いなくフミの仕業だね!
◆
俺たち一行は、ゆっくりと時間をかけて、バランタイン邸まで到着。そこで、領民の皆さんから握手攻めにあい、もみくちゃにされた後、何故か俺とレインは伯爵家の屋敷の庭でサイン会みたいなことまでさせられた。他のメンバーが屋敷へ入って休んでいるのを尻目に、行列を作る女の子たち、一人一人に笑顔で対応する。
もっとも、一括りに女の子といっても、レインの列に並んでいるのはほとんどが人間の女の子で、俺の列には亜人の女の子ばかりだったが。
クラークさんから事前に「これも仕事のうちですので、急なお願いで申し訳ありませんが、くれぐれもよろしくお願いします」と、頭を下げられていたので仕方がない。しみじみと、自分は転生しても人間の女子から縁がないことを実感させられた次第である。
ようやく屋敷に入ることが出来たのはそれから1時間後。レインに至っては、俺の倍以上の行列だったから、更に1時間も後の事だった。
何でも、俺たちのグッズには、値段に応じて点数が付けられており、10点集めれば、サインと握手がついてくるらしい。さすがは伯爵である。しかし勝手に人を自分の金もうけに巻き込むのは勘弁して欲しいものである。
 




