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第1章  第3話 奴隷

 正直、スタイン家が破産と言われても実感がわかない。


「全く意味が分からん。破産すればどうなるんだ?」


「破産して借金が返せない時は、奴隷になるしかありません。1か月後、この屋敷はギルドに差し押さえられて競売にかけられる予定です」


 フミによると俺の父が亡くなった後に、両親の知り合いと名乗る男性エルフがやって来たらしい。俺は借金の連帯保証人というものになったのだが、そのエルフは行方不明。俺は借金を肩代わりするはめになり、この屋敷は取られるのだとか。


「お屋敷を取られたとしても、まだ借金は残ります。残りは私を奴隷商人に売ってください。もし、相場通りで売れれば残りの借金は払えると思います。ただし、それでもロディオ様の学費はおろか生活費の工面もできるかどうか……」


 そっとハンカチで涙をぬぐうフミ。


「私は、メイドですが奴隷としてスタイン家に買われた身。今もロディオ様の所有物です。亡き奥様や旦那様から身分不相応にかわいがってもらいましたが、覚悟はできています」


 フミによると、奴隷はその家の財産の一つとして売買されるのが通例。今の様な状況では、1か月後には、借金のかたとして、現物で引き渡されるか、奴隷商人の所で売却されるのが通例らしい。


「奴隷……」


 頭の中で社畜時代の記憶がよみがえる……。


 元の世界では『顧客のため、お客様のため』と、経営陣から際限なく仕事を押し付けられた。仕事にも慣れた頃に待っていたのは俗に言う“やりがい搾取”。

 

 体は変調をきたしプライベートはほぼ無くなった。自分の人生のほぼすべてを会社に捧げるその生き方は、社畜という名の奴隷そのものだった。そして俺は多分そのせいで命を落とし、この世界に転生した。


 百歩譲ってそれがこの世界の常識でありルールであったとしても、俺の目の前にいるフミが奴隷としてどこかへ買われていくなんて我慢できない。


 くそ……、何とかならないのか。


「フミ!」


「はい」


「俺は絶対にフミを手放さないからな!」


「はい……嬉しいです。ですが、どうやって支払えば……」


「とにかく、ウチの借金の総額と借入先を教えてくれ」


 これでも元の世界では、20年以上社会人として経験を積んできた。日本のサラリーマンの経験と、この世界で使えるらしい魔法の力で、何とかフミだけは助けたい。


「借金の総額は1億5千万アールで、借入先はギルドです」


「1アールってどれくらいなんだ?」


 フミが困ったような顔をしたため、俺は慌てて言い直す。


「ああ、ごめん。わかりやすく言うと……」


 俺は、窓から外を見た。買い物帰りだろうか。紙袋にフランスパンの様なものを入れて歩いている狐耳でもふもふ尻尾のご婦人。


「あの小さな女の子を連れたお母さんが持っている長いパンは、1本何アール位?」


「あれなら大体、200アールくらいですね」


「じゃあ、外でお昼にご飯を食べるとするとどれくらい? 庶民的な店でね」


「安いところですと、大体500~600アールくらいでしょうか。おいしいと評判の所ですと、700~800アール。いいお店ならランチで2千アールくらいしますね」


 1アールはおよそ、日本円で1円くらいみたいだ。


「じゃあ、この屋敷の値段は?」


「売るとなると、土地と建物、それと家具をそのまま残しておくことが条件で、1億アールくらいだと言われました」


「もし、フミが売られればいくらなの?」


「私は、魔法が使えるので……。一般奴隷では2千万アール、畜奴隷だと5千万くらいでしょうか。」


「なんだその畜奴隷って?」


 フミによると、畜奴隷とは人権の適用から外された奴隷のこと。

 この世界は奴隷が一般化しているので、奴隷の権利や雇用条件に付いてのガイドラインが存在する。しかし、人間としての権利がない奴隷は、畜奴隷と言われ牛や馬といった家畜同様の扱いとされるそうだ。


 彼らは酷使して使いつぶされようが、雇用者からのどの様な虐待を受けようが、一切人権を考慮されないらしい。サンドラの相場では、一般奴隷では1千万アール、畜奴隷だと3千万くらいだという。


 いつの世にもどの世界にもクズはいる。俺の中でクズとは、平気で他者を踏みにじる者のことである。


 前の世界でそんなクズどもにさんざん虐げられてきた俺は、転生したかもしれないこの世界でも、平気で人を奴隷にして甘い汁をすする”クズ”がのさばっていることに我慢がならない。


 くそ……。


 人として、元ブラック企業の社畜として奴隷なんて絶対に許せん。


 俺の様な異分子が、この世界に介入するのは良くないことかもしれない。しかし、自分の目の前でひどい扱いを受けている人たちをそのままにはしたくない。個人の傲慢だろうことは百も承知だが、自分の手の届く人たちくらいは一人でも救いたいとも思う。



 ……特にフミだけは!



「畜奴隷の男性なら、戦場で無理やり前線に立たされたり危険な工事現場に送り込まれたりして、すぐに命を落とすことが多いらしいです。私は幸い女なので、男性に比べればまだましだと言われています」


 フミはそう言うが、こんなかわいい女の子が人権無視の環境に落とされるなんて、俺は耐えられない。

 いろいろといけない想像までしてしまう。


「フミ」

「はい」


「あと1か月あるな。家を売払った後、残りの5千万アール稼ぐにはどうすればいいんだ」

「それは、私を売るしか……」


「いや、フミは絶対手放さない。奴隷なんてもっての外だ」

「ロディオ様……」


 フミは両手で顔を覆い、肩を震わせて泣きだした。


「フミは、フミはロディオ様にそう言っていただいて、生まれてから今まで……私の人生で一番、幸せです」

「ただ、私を救おうとして、ロディオ様が代わりに奴隷になるのだけは絶対に嫌です。もしもの時は、フミを奴隷にしてください。そして、くれぐれもご無理だけはなさらないでください」


 これで奮い立たなければ男じゃない。


「フミ……世の中の事、もっと詳しく教えてくれないか」


 とにかく、まずは情報収集。この世界のことを知らないと話にならない。





 ここは、地球と同じく1年は12か月。1か月は約30日。学校制度は日本と似ていて、8月は夏休みとのこと。真夏にしてはやけにさわやかで初夏の様に感じるが、ここアルカ共和国は四季の寒暖差が少なく、夏は最高でも25度くらい。冬では一番寒くて15度くらいなんだとか。


 もちろん共和国の北にある山脈以北は、冬場は雪が積もるらしいし、南の森林地帯を抜けたそのもっと先には、常夏の島々があるという。


「じゃあ、俺たちのいるアルカ共和国って、国際的な立ち位置はどうなっているの」

「私、説明は下手なんですけど……」


 多少たどたどしいが、頑張って説明してくれた。


 フミが説明するには、ここアルカ共和国は200年ほど前に建国された。きっかけは、山脈を越えた北にある王国の膨張。王国の勢力が南下してくるのを恐れた近隣の領主は集まって共和国を作った。それぞれ、風習も価値観も別の小国同士。

 統合のきっかけである王国への危機感すら違う国々をまとめるため各国は知恵を絞り、経済という共通の物差しを使うことにした。そこで考えだされたのが共通貨幣『アール』。まるでEUにおけるユーロみたいだ。


 その後、共和国は発展し、強い経済力を背景に王国とは同盟を結んだ。王国が災害や飢饉の時は、惜しみなく経済援助をしており、今や国際的な立ち位置は共和国のほうが上らしい。

 俺たちが住んでるサンドラは首都なのだが、商売の中心地ということで、商都と言われているのも、経済を重んじるこの国ならではの呼び名だそうだ。


 共和国の南にはエルフの国があるが、行き来が困難なため、国交はあるもののあまり交流は無いらしい。エルフの国の周囲には、獣人族やドワーフなどが統治する小規模な領地が散らばっている。その先にある海には島々からなる王国があるという。


「じゃあ、世界で一番、強い国は?」

「それは、何といっても王国の東にある帝国ですね。大陸の領土の4分の1が帝国領だと言われています」


 ただし、この帝国の人口は面積に比べて少ないらしい。王国をはじめ山脈以北の土地は、寒い気候に加え、土地がやせているのが原因だとか。今、俺たちがいる大陸が中央大陸。海を隔てて西と東にもそれぞれひとまわり小さな大陸はあるが、どちらも北は氷原、南は砂漠が広がり人口は少ないという。


 フミの説明を聞きながら、俺は覚悟を決めた。


「絶対、フミを奴隷になんかさせるものか」


 この時、俺は元の世界も含め生まれて初めて本気で腹をくくったのだった。



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