第3章 第13話 交渉
2日目の交渉は予想通り夕食後になった。俺たちは1日目と同じ会議室に案内され、そこでの交渉において、エルビン大臣以下ハウスホールドの重臣たちに押されまくっていた。
「衣料品に関しては、アルカから輸出されるのと同額をハウスホールドからも輸入して欲しい。食料は、戦争や飢饉で品薄の時でも、平時の値段での取引をお願いしたい」
「チーク材は値が高騰しております。必要ならばある程度まで出せますが、それ相応の値段となります」
「山エルフやドワーフは、ハウスホールド以外の土地で、今より高い賃金で募集されると引き抜きにつながりかねません。職人の給料はハウスホールドの相場を上回らない範囲にしてください」
俺たちが言葉に詰まっていると、同席しているエルとロイがたまらず声を上げた。
「ちょっと待ってください。先ほどから一方的すぎます。これは対等な通商条約ではないのですか」
「自分たちはエルフであると同時に商売人です。アルカはハウスホールドの為に、命がけで街道だけでなく運河まで作ったんです。ここまで一方的にしていいのですか」
「なにを言う、たかが商人風情が……。こっちは何も無茶は言ってない。我々は、山エルフやドワーフの技術者が他国に流れることを止めているわけではないし、チーク材もアルカが必要な分だけ出すといっているだろうが!」
エルビンの発言に対してクラークさんが、重い口を開く。
「わかりました。仕方がありません。その代わり、我ら2国間の決済は、すべてアールで行っていただけますか」
「……まあ、いいでしょう。ただし、他国の通貨で決済するのが面倒なのはこちらも同じ。すべての貿易でアール決済を認めるには少しばかり条件がいるでしょうな」
「と、いうと?」
ここで、エルビンの脇に控える副大臣が初めて口を開いた。
「我が国は、年々ドラゴンによる農作物をはじめとする被害が増えています。例えば、トライベッカの様に、この城郭都市の周囲をぐるりと運河で囲ってもらえるならば、我々としては随分と助かるのですが……」
副大臣の言葉にエルビンが大仰にうなずく。
「うむ。城壁の外にある農地をぐるりと囲むよう運河を無償で造っていただけるのなら、ハウスホールドが続く限り、アールでの決済に応じようではありませんか」
「無償で、ですか!」
エルビンの言いざまに、エルとロイは悔しさで泣きそうになっていた。俺たち3人もこぶしを握り締めて肩を震わせていた。
……うれしくて!
そんな俺たちを見て、ハウスホールドの大臣たちは皆、勝ち誇った様子で満足げにうなづいていた。
最後に俺も少し発言してみた。
「2国間でのアール決済に関してなのですが、例えばその2国の間にあるユファインなどでも同様と考えていいですね」
「もちろんです」
「両国の友好を確認するためにも、我が国はすぐにでもハウスホールドからいくらか輸入して実績を作りたいのですが」
「いいでしょう。もっとも貿易が始まる以上、運河の着工もすぐに取りかかっていただきますが、よろしいですか」
クラークさんは、ちらと俺の方を見て軽くうなづいた。
「……構いません」
「では、他に何か異存はございませんか」
……。
……ここに、調印はなった。
早速、商都サンドラへ向けて早馬が出立し、運河を使ったアルカへの最初の輸出品が、船に山の様に積まれた。主にドワーフからの鉄製品と蒸留酒やエール、更には獣人族からの皮製品や毛織物。エルフからは、ナッツなどの食料品である。『アイアンハンマー』の皆さんは、この輸送船に同乗してトライベッカに帰るそうだ。
「皆さん、ありがとうございました」
「おう、坊主も元気でな」
フミはさみしがって、涙を浮かべていた。危機一髪のところを助けてもらってから、フミは『アイアンハンマー』の皆さんを、まるで親戚のおじさんの様に慕っていた。
「嬢ちゃんも、がんばれよ」
「玉の輿に乗ってやれ」
「えーっ、そんなあ、私なんてえ……」
さっきまで泣いていたくせに、両手を頬にあてて急にもじもじとデレだすフミ。チョロ過ぎないか?
「そんじゃハープン、また呼んでくれ」
「ああ! 必ず呼ぶさ」
「元気でな~!」
◆
『アイアンハンマー』の皆さんを見送った後、俺たちは王城内の一室で今後の方針を立てていた。クラークさんが口を開く。
「私はこの後、サンドラに戻り、お館様に今回の交渉の詳細を報告します。ユファインは、ロディオさんの領有として認められることでしょう」
「俺は、ロディオの不在中、しばらくユファインを預かることになりそうだ」
「エルはハウスホールドで、工事の補給や人員の確保、帳簿などの裏方全般をお願いします。ロイは一旦トライベッカに帰り、ユファインの整備に必要な物資と人員を集めて、送ってください」
「ユファインの整備は出来る範囲で俺がやっておくから心配すんな。それから運河は、この城郭都市の周りじゃなく、その外側に造って欲しいとのことだ」
ハウスホールドの周りには、農地や山林が広がっている。それらをぐるりと囲み、さらに輸送用のものも欲しいということで、総距離は合計およそ200キロ。大規模な、というか国家的な工事を依頼された。覚悟はしていたがスケールが大すぎるよ~。
長さはトライベッカからハウスホールドまでのほぼ倍だが、今回造る運河は一本だけ。街道の整備もいらないので幾分か楽だろう。心配なのは、俺とフミが造った運河の仕上げと点検をしてくれる人たちがいない点。俺が心配を口にすると、「はい」と、セリアがおそるおそる手を上げてくれた。
「私たちドワーフは、モノづくりを好みます。土木工事も、何かを造るということに何ら変わりはありません。……でもでも、セレンちゃんがいてくれたら心強いかもですです」
「私も構いませんよ」
セレンがにっこりと微笑んでくれた。
「俺たち5人で護衛するのは多すぎるな。街の近くだしな」
「護衛なら私とレイン様2人っきりでもよろしいですわ」
レインには真ん中で、索敵をしてもらうことになった。
「なら、私は、前衛を務めたい」
サラは、ここらで一発、大物を仕留めたくてうずうずしているに違いない。
「エルはエルビンに頼んで、腕利きの職人を用意してもらってくれ。いくら何でも自分の国のことに出し惜しみはしないだろうからな」
◆
いよいよ明日から、俺たちだけでの工事が始まることとなった。費用はサーラ商会が全て建て替える。後でまとめて共和国に請求するそうだ。大口の独占契約である。まあ、困った時は、バランタイン伯が何とかしてくれるだろう。
翌日、クラークさん、ハープンさん、ロイの3人は、ハウスホールドを出立していったのだった。




