第3章 第12話 エルビン
王国を樹立したばかりのハウスホールドにおいて、王の片腕で宰相。通産省、財務省、外務省を兼ねたような権限と責任を持つのが、エルビンである。エルビンはハーフエルフ。中肉中背で、エルフの優雅さと、人間の狡猾さを持った大臣は、自慢のひげを手入れしつつ、一人考えを巡らせていた。彼はこれまで、ドワーフや獣人相手に、生かさず殺さず、それでいてハウスホールドに有利な交渉を成功させてきた。
アルカとハウスホールドとの通商条約は、お互いが対等の条約。それも、経済力、人口、面積、軍事力、いずれをとっても、新興のハウスホールドの数倍もある大国、アルカ共和国を相手取ってのことである。
以前からも、商売上の行き来は少なからずあったが、今回はそれを一気に数十倍、数百倍にまでするものだ。しかも、今回の通商条約の締結に当たり、共和国の出した条件は、自らの使節団派遣と、両国間の街道整備を請け負うこと。まるで、戦争の敗者に課されてもおかしくないものである。
しかも、驚くべきことに、両国間の街道は、両端に2本の運河まで無償で作ってくれた。おかげで、ドラゴンの脅威におびえることなく、安全かつ大規模な取引が可能になった。その上、中間地点には、補給や休憩に使える温泉地『ユファイン』まで付けてもらったのである。
ユファインは、2国以外の領土として、第三者に任せることにも同意させた。どうせ、共和国の息のかかった領主が治めることになるのだろうが、誰が治めようと、関税はなくすという取り決めがあるため、我々としては、懐を無駄に痛めることなく、補給や休憩を提供してもらえる都合のいい場所になる見込みだ。
この通商交渉は、我が国の勝利で間違いない。建国間もないハウスホールドが、世界有数の大国に対して有利に交渉を進めている。
ただし気になる点がいくつかある。まず、1つ目は、あの経済至上主義、資本主義の権化のようなアルカ共和国が、自国が不利となる条件を、このまま簡単に飲むとは思えない。
そしてもう1つ不審なのは、アルカがあまりにも我が国に対して親切すぎる点である。あの強国が、膝を屈さんばかりに自国が不利になる通商を求めるのはなぜだ。
可能性としては共和国の天敵ともいえる北の王国の存在が考えられる。現在は同盟が結ばれており、表面的には仲良くしているように思われる両国だが、裏では全く分からないのが、外交の常である。共和国と王国がいざ手切れになった時、共和国としては我が国を含め、自分の後方を固めておきたいのかも知れない。
「杞憂であるとよいのだが……」
そう、そう独りごちると、エルビンは指を鳴らして“影”を呼んだ。彼らは諜報を司る専門部隊で、王の直属である。アルカからの客を迎えるにあたり、市民、守衛、メイド、執事等に紛れ込ませて、彼らの動向を探らさせている。
この暗部のトップが目の前に控えるカインである。カインは音もなく現れ、軽く一礼すると、日課の報告を始めた。
「今日の晩さん会では、クラーク、ハープン、ロディオの3人がなにやら中庭で話し込んでおりました」
「……ほう」
「どうやら、この後、クラークの部屋で相談がある様子です」
エルビンは、小さく笑みを浮かべる。
「その方、聞いてまいれ。一言も聞き漏らすでないぞ」
「ははっ」
そのまま、カインは音もなく部屋を離れた。
◆
「さあどうぞ。お待ちしていました」
「さすが全権大使の部屋だぜ。俺のとこより随分豪華だな」
ハープンさんの後に入った俺も、その部屋に目を見張った。広さはそれほどでもなく、豪華絢爛でもないが、ひとつひとつの調度品が、品よくハイセンスである。明らかに俺たちの部屋とは一味違う。そしてこの部屋にだけ、数人で話し合うには、ちょうどよさげな会議室がついていた。
「どうぞお入りになってください」
そういって、クラークさんは俺たちを会議室に招き入れた。テーブルの上のワインをグラスに注ぐ。
「ちょうどいい部屋までついていやがるな」
「これが、ハウスホールド産ワインの主力商品らしいですよ」
「うん。確かにうまいが、この味と値段では、トライベッカ産の方が上だな」
「そうですね」
「ところで、このナッツは、いけますね。値段さえ下がれば、いいつまみになりそうだ。ロディオさんも好みでしょう」
「はい」
「だが、我々としては、最高品質のチーク材と、山エルフの技術者は何としても確保したいな」
「そうですね」
「そのためには、譲歩も必要でしょう。他の商品で、多少不利だとしても、惜しくはありません」
「そうだな。サンドラやトライベッカでは、建設需要が当分続く。他の都市も、腕のいい技術者や質のいい木材は喉から手が出るほど欲しいことは間違いない。……とにかく、いい木材と、腕のいい職人の確保が第一だ」
「明日の交渉では、チーク材と山エルフ以外は譲歩してもかまいませんね。他の貿易条件の譲歩と引き換えに、材木の輸入枠と職人を増やしてもらうことを要求したいですね」
「もし、足元を見られていたらどうする」
「その時は、ロディオさんにひと働きしてもらうのはどうですか。あの運河や街道、そして温泉を見せられたら、心が動くと思います」
「そうだな。ロディオはいいのか」
「いいですよ」
「まあ、場合によっちゃあ、ドラゴン対策に、城郭都市の周囲も領地ごと、ぐるっと囲ってほしいと言われるかもしれないな」
「それでもこちらの要求が通るなら安いものです」
「全くだ」
「そうですね」
俺たちの会話は、カインを通じて、エルビンに筒抜けとなっていた。
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