第3章 第11話 密談
晩餐会も終わりに近づいた頃、ハープンさんとクラークさんから声をかけられた。
「ちょっと、酔い覚ましに散歩でもしないか」
「中庭に出てみましょう」
3人で城の中庭をゆっくり歩く。
「散歩なんてめずらしいですね。2人とも、そんなに酔っぱらったんですか?」
能天気に聞く俺に、あきれたようなハープンさん。
「ばーか、そんなんじゃねよ」
「部屋にはどんな仕掛けがあるかわかりませんから」
スパイ映画じゃあるまいし……。とも思ったが、この商談は、国と国との利害関係が複雑に絡み合う、真剣勝負の場である。十分あり得るかも知れない。
「今日の交渉、譲歩しすぎじゃないですか」
「それは明日の布石さ」
「今頃ハウスホールドの担当者は、街道と運河の点検を終えてユファインのお湯に浸かっていることでしょう」
クラークさんが言うには、明日の協議はハウスホールド側が街道と運河、それにユファインの調査が終わり、それを検討した後になるだろうとのことだった。
「明日の交渉は、午後からの予定だが夜まで待たされるかもな」
「今回、我々の目的は、直接的な商談の締結じゃないんです」
「どういうことですか」
「アールだよ」
何とハウスホールドの領内に、アルカ共和国の通貨であるアールを流通させることが、今回の通商の真の目的らしい。
「商売は、相手さえいればいつでも利益を生めます。目先の利益より統一貨幣の下大きな経済圏を作りたい。この国にアールが流通すれば、やがて他の亜人の国にも広まるでしょう」
……そんなことを考えていたのか。
「『小さな利権は好きなだけ譲る。ただし、2国間の決済はすべてアールで行うよう、条約を結べ』これが、我々が、お館様から課せられた密命です」
「この通商条約が成功すれば、このハウスホールドにも、将来ギルドが作られる予定です。そこでの決済も当然、アールで行われることとなります」
通常、ギルドは、冒険者に対して仕事の見返りに、その国の通貨で報酬が支払われる。ギルド内の銀行・保険・不動産といった業務なども同様である。それらの決済が全てアールで行われるということは、この国で現在流通している通貨『ロム』が、アールに駆逐されるということになる。亜人たちの盟主の位置にいるハウスホールドにアールがあふれれば、周辺のドワーフや獣人たちの小国群にも、一気にアールが流れ込むことになるだろう。そして……。
「やがてアールが世界の基軸通貨になり、共和国は経済的に世界を制することになるでしょう」
……。
「そこでだ。俺たちはアールの流通の見返りに、細々とした貿易利権や運河や街道の無償の整備だけじゃ足りない気がしているんだ」
「トライベッカの運河を作ったのが、お前だというのは向こうにも知れている。アールでの決済の見返りに、ドラゴン除けや物資の運搬のために、ハウスホールドの周りを運河で囲ってやるのはどうかと思ってな。もちろん費用は請求しない。理由は両国の友好と繁栄のためだ」
「もし、それでも納得しなかったら?」
「大丈夫だと思うがな。それでも納得してくれない時は、街道をドワーフや他種族の所まで延ばしてやるのはどうだ」
「いくら俺でも倒れますよ!」
ほっとくと、とんでもない大工事になりそうだ。ここは、何としてもハウスホールドだけの工事にして欲しい。
クラークさんとハープンさんの考えでは、俺たちにハウスホールドの周囲に運河を造り、場合によっては街中の工事も請け負って欲しいということだ。エルフを工事で満足させようと?
「そうですね。運河造りに関しては、俺はかまいませんし、フミも大丈夫だと思います。ですがやはり、水を入れる前には、『アイアンハンマー』の皆さんに仕上げを頼みたいですし、レインや『サラマンダー』の護衛も欲しいです」
「それがなあ、『アイアンハンマー』は、トライベッカの農地での収穫があるんだ。今回は俺が無理に頼んで来てもらったんだけど、実はみんな、帰りたがっている」
「もちろん、気のいい奴らだから、頼めば、あと一週間くらいなら、いてくれるだろうけどな。5人とも、本音は早く家族に会いたいらしい」
「それでは、無理は言えませんね。他のメンバーはどうなんですか」
「レインは、他の依頼を断ってまで、来てくれた。まあ、将来のこともあるし、喜んで引き受けてくれるだろう」
「将来のこと?」
「……あ! いや、何でもない」
ハープンさん怪しいなあ。
「『サラマンダー』は、サラのやつが、ドラゴンを1匹も仕留めてなくて、悔しがってたぞ。お前とレインに、おいしいところ持ってかれたってな。ここは、ドラゴンがよく出るんだと教えてやったら嬉しそうにしていた。エルフやドワーフの姉ちゃんは、出来るならしばらく滞在して、里帰りしたいらしい。故郷に錦を飾りたいんだと。マリアはレインがいれば、ついてくるだろう」
「ハープンさんやクラークさんはどうなんですか」
この2人、阿吽の呼吸なんだよな。こんな大規模工事をするなら是非いて欲しい。
「俺たちは、この交渉がまとまり次第、帰らなきゃならねえ。工事に必要な物資や人員の手配はエルとロイ。俺の代わりはレインが立派に勤めてくれるさ」
……ごくり。
「ところで……この晩餐会が終わった後は、2人とも私の部屋に来てください」
「ああ、わかった。ところでロディオ、お前は今晩、クラークの部屋ではうなずくだけにしておけよ」
……はい、先輩。何となーくわかった気がします。