第3章 第10話 晩餐会
謁見では賢王として名高いエルフ王、ダグリュークは一言も発せずすべて側近が答えた。その後、王が退出した後、俺たちも玉座の間を出た。
控室で少しの休憩を取り、気の緩んだ俺とフミがハープンさんに注意された後、場所を会議室に移し、クラークさん、ハープンさん、エル、ロイ、そしてなぜか俺の5人は、ハウスホールドの大臣たちと実務者協議に移った。フミやレインたちは、応接室でお茶を飲んで寛いでいてくださいとのことだった。
「レインさん、皆さんをお願いしますね」
クラークさんは、応接室組が余計なことをしない様、レインに念押ししている。
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交渉では、ハウスホールド側は、アルカが一領主の執事を大使として立てて来ていることに不満を表していたが、クラークさんがバランタイン伯家のナンバー2だということで納得してくれた。なんせバランタイン家は、一貴族にしてその所領の人口は、この城郭都市よりも多く、経済力は倍以上ということは周知の事実だからだ。
そして、街道と併設された運河の建設と、補給地点のユファインについて、感謝の言葉を貰った。2国間で安全に行き来できることは、長年の宿願でもあったのだ。
言い換えれば、人間の世界と、エルフを中心とした亜人たちの世界が、これで強く結びつくことができたのだ。経済的なことだけでなく、歴史的、文化的にも俺たちの通商使節団の働きは、大きな意味を持つことらしい。
実際の交易に関しては、互いに関税はかけないこと、中間地点のユファインは、アルカや、ハウスホールドではなく、第3者の領有が望ましいとの要望を受けた。温泉の第一発見者に領有してもらうのが、両国ともいいそうだ。
その後は、互いの輸出品に関しての情報交換。ハウスホールドは、高品質の木材とそれらを加工する職人を多く抱えているだけでなく、ドワーフ国からの金属製品や酒類、更に獣人たちからの皮や布製品、多種多様な香辛料を取り扱っている。これらの品は一旦、ハウスホールドを経由したものを買うようお願いされた。アルカからは、ポーションなどの医薬品や食料品、衣類や日用雑貨が輸出の柱になりそうだ。
運河と街道の整備、そしてユファインの開発費用は、アルカ持ちとのこと。ここまでは、ずいぶんハウスホールド側に有利な話である。
まだまだ懸案事項はあるが、今日は着いたばかりということもあり、本格的な交渉は明日の午後以降となるそうだ。
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その晩、俺たちは、晩餐会で豪勢なもてなしを受けた。かつては、『エルフ料理にうまいものなし』と、言われていたそうだが、テーブルには様々な肉、魚、野菜を使った料理が所狭しと並べられている。
このような香辛料をふんだんに使った食文化の充実ぶりは、主に獣人族からもたらされたものらしい。この旅で、散々ドラゴン肉を食べ、舌が肥えている俺たちからしても、満足できる味である。感心したのは、同じ素材を使った肉料理でも、味付けの違うものが4~5種類並べられている点。この世界も御多分に漏れず、香辛料は高額なのだ。
酒では何といってもドワーフエールがうまい。ドワーフの酒と言えば、アルコール度数の高い蒸留酒がおなじみだったが、それに加えて近年はアルコール度数の低いエールにも力を入れているとのことである。これらのごちそうは、俺たちをもてなす体をとりつつ、自分たちの外交力と経済力を誇示しているようだ。
フミは早速、「この味付け、夕飯に使えそう」などと目を輝かせているし、『サラマンダー』の面々も、思い思いに料理をほおばっている。約1名、マリアだけは自分は食べずに、レインにばかり食べさせようとして、嫌がられているが……。
こんな中、ワインや蒸留酒をちびちびと飲み比べているのが、クラークさんとハープンさん。大方、自国のものと比較しているんだろう。レインは、マリアが周囲の女性たちを威嚇しているため、女の子は一人も近づいていない。レインはエルフの国で、エルフ女性との出会いを内心心待ちにしていたのに……。気の毒なことである。
逆に俺はエルフの女性たちに囲まれて、質問攻めにあっていた。みなさん、貴族の娘さんたちだそうで、美しさの中にも気品と教養が感じられる。
少し恥ずかしい。そしてかなりうれしい。ただしフミの視線が怖い。今までの俺ならここで浮かれて自爆していたかもしれないが、今の俺は違う。エルフの御令嬢たちとの会話を楽しみつつ、般若心経を心の中で唱える。しばらくするとフミがやって来た。
「ロディオ様、お話は終わりましたか? ご一緒にあっちのテーブルのスイーツを食べませんか」
フミはにこやかに俺の腕を取る。今まではこんなとき必ず不機嫌にさせていたのだが、成長したな俺。2人で連れ立って、なごやかに、スイーツをゆっくり味わったのだった。




