第3章 第9話 ハウスホールド
目的地であるハウスホールドまでは、あと一息。ハープンさんは、一足早くエルとロイを伴ってハウスホールドに入城した。残りの俺たちは、運河と街道の仕上げと点検を行い、城門の前でハープンさんたちを待つことになった。
都市国家ハウスホールドの街は、真ん中に王城がそびえ、街全体が15メートルほどの城壁で守られている。東西南北にそれぞれ門があり、警備は厳重を極めている。
何か手違いがあればいけないということで、全員一度には入らず、まずはハープんさんたち3人が入国することになった。
元々は、城壁もなく、木造の建築物が並ぶ里だったのだが、街を覆う高い城壁が作られ、里が国になった。ハウスホールドが、別名、「城郭都市」と言われている所以である。近年は、周囲をうろつくドラゴンが増加傾向にあるそうで、城壁も改修が重ねられ、警備も物々しくなったそうだ。
しばらくして王城から使者と名乗る男性エルフがやって来て、入城を許可された。俺たち一行は、アルカ共和国の外交使節団扱いのため、フミや『サラマンダー』など、女性の入城もスムーズだった。
街は木造の建物が多い。元々森の中に街を造ったのだろうか、大木の幹をくり抜くようにして造られた建物もある。サンドラやトライベッカに比べ、人口は少ないが、新しい国家だけあって、街には活気がある。
当たり前だが街行く人のほとんどは、エルフ族。それに、ドワーフやホビット、猫、犬、狐といったケモ耳の獣人たちが混じっている。噂通り、エルフは女性が多い。というか、街で見かける一般のエルフは、ほぼ全員女性か子供で、成人男性はほとんど見かけない。
セレンによると、エルフは一般的に男女比が1:10くらいで女性が多く、男性は優秀な者は政治家や貴族の養子として引き取られ、それ以外は兵士になるのが一般的とのこと。これはハイエルフ、ハーフエルフ、山エルフ共、共通する特徴とのこと。
エルフは80歳でも30代に見える。それは、見た目だけでなく、身体機能や体力もそのまま。80代の妊婦さんもいるそうだ。それでも、最近のハウスホールドは、急激な成長で働き手が足りず、異種族も労働力として受け入れるようになったそうだ。そんな街中を、俺たちは歩く。
普段はつんと澄ましたようにみえるエルフの女性たちが、俺を見て顔を赤らめながらひそひそ話をしている。
小さな女の子が寄って来て、「おにいさん、こんにちは。かっくいーねー」などと、挨拶してくれる。目が合うと微笑んで小さく手を振ってくれる買い物中のお母さん。
花屋のお姉さんに至っては、俺たち一行に走り寄って来て、俺の胸に小さな花を一輪プレゼントしてくれた。すぐ、フミに取り上げられてしまったが。
どうせ、黒目黒髪というだけだろうと思うのだが、それでもうれしい。思わず顔がにやけそうになるが、俺の腕をつかみながら周囲をにらみつけるフミを見て、浮かれない様、自制する。般若心経を心の中で唱えつつ、素敵な大通りを歩いた。
人間が石の文化なら、エルフは木の文化と言えるかもしれない。街は決して整然と計画的に整えられている訳ではないのに、すっきりとしており、品よく、清潔感が漂っているのは、緑が多く、街が自然に溶け込むように配置されているからだろう。
ところでフミさん、俺たちは両国の友好と発展を望む通商使節団だからね。そんなに敵意を振り撒かないでください。
大通りというには少し狭いメインストリートを進むと、目の前に、大きな館が見えた。ここが王城らしい。城にしては小さいが、ずいぶん年季の入った重厚な造りをしている。
俺たちは、使者に案内され、ハープンさんたちと合流。休憩室の様な支度部屋で容儀を整えてから、玉座の間に向かう。
悠然と構えるエルフ王は、賢君として名高い。しかもやけに若く、まだ20代前半に見える。わずかに微笑んでいるが、言葉は一言も発しない。少し線の細い、穏やかなイケメンである。黒目に茶髪。魔力量もそこそこあるに違いない。受け答えは、脇に控えた侍従長をはじめとする側近の男性エルフが行う。王は俺たちを見回してゆっくりと右手をあげてねぎらいの意を表してくれた。
今回の王との謁見は、ごく形式的で、あっさりとしたものだった。使節団を代表して、クラークさんが一歩前に出て、挨拶する。
王の側に控えた侍従長が、トライベッカ~ハウスホールド間の街道整備と両側に造った運河、及びユファインの件を奏上した。
ユファインで3日ほど休憩した俺たちは当初の計画から大幅に遅れ、20日かけての旅だったが、それでも王城の人たちからすれば、びっくりするほどの速さの突貫工事だったという。王の目元がわずかに動き、俺たちに微笑んでくれた様子を受け、代わりに侍従長から感謝の言葉を頂いた。すごい通訳、いや超訳である。ゲー○の達人か!
俺たちは、謁見を終えて貴賓室に通され、一休みした。
「いやー。王様と謁見なんて初めてだから緊張したなあ」
「はい、私も緊張しましたが、通りを歩いていた時の方が、もっと気が張りました」
「……え?」
「だってほら」
フミが差し出したのは花屋さんからもらった一輪の花、その根元にくるまれた紙を広げると、『帰りにお店に寄ってください。2人で会いたいです。』の文字。
「ロディオ様、このような危険な国は、用事が終わり次第、さっさと帰るに限ります」
「しっ!」
脳天気に話す俺たちに、ハープンさんが人差し指を口元で立てる。
「油断すんな、もう、敵地だぜ」
ハープンさんが俺の耳元で小さくささやき、クラークさんが小さくうなづく。
その後、しばらくして、クラークさんが立ち上がった。
「……さて、では行きましょうか、交渉に」