第3章 第8話 命名
街道の東に位置する山々は、岩に覆われた大山脈。山頂は雲に覆われ雪も積もっている。かなりの標高がありそうだ。ところが西の山々は緑に覆われ、穏やかな勾配が続いている。
今は乾季で、昼間の気温は20度くらい。日差しは強いが木陰に入ると思わず涼しい。そして、背の高い樹木が生い茂っているせいで、常に地面の半分以上は木陰である。
俺たちの作っている街道と運河は、ゆるやかな谷底を縫うように作られた古い街道を基にしているが、よく風が通るおかげで思いのほか涼しい。
手つかずの自然が織りなす山々の間を抜ける風は、天然のエアコンのよう。
冷泉の水は、キリリと冷えていてうまい。バナナやドラゴンフルーツに似た果実も豊富だ。ここに逗留するうち、皆、口々にこの地をほめたたえるようになった。
この場所は、肉食のドラゴンなどの危険生物から運河で守られているのだが、周囲には危険な個体がうろついている。俺は、要らない骨や皮、野菜や果物の皮などを集め、ドラゴン用の罠を一か所作ってみた。仕掛けは簡単で、深さの30メートルほどの大穴を作り、薄い木の板を乗せる。その上に残飯を乗せて一晩置くだけである。
翌日、罠の方から物音がするので覗いてみると、小型のラプトルが1匹、穴に落ち、出ようともがいていた。早速絞めて血抜きしてから、すこし時間を置いたものを、夕食にいただく。やはり、とれたてに比べて、少し寝かせておいたもののほうがおいしい。これだけラプトルがいるなら、ここで生活できそうだ。
俺は肉をほおばりながら、気になっていたことを、物知りそうなクラークさんに尋ねてみた。
「そういや、この土地の名前は何ですか」
何と、名前は無いということだった。この辺り一帯がざっくりと『大森林』だとか、『竜の庭』だとか言われているだけらしい。
「いっそのこと、俺たちで名前を付けてみないか」
「はい、はーい」
マリアが元気よく手を上げる。
「私は、レイン様の横顔、『サイド・フェイス』にしたいですわ」
……は?
マリアは、その場の全員が絶句したのにも気付かず、発言を続ける。レインは『サイド』という言葉を聞いただけで、びくっとしていた。
「だって……温泉に浸かるレイン様の横顔が素敵だったんですもの」
一人、顔を赤らめて身をよじるマリア。横顔は、英語では、ポートフォリオだったと思うが?
……いやいや、ここは異世界。元の世界は関係ない。
……っていうか、こいつ、男湯を覗いてたのか! さすがに皆、若干引き気味である。
「恥ずかしいから絶対だめだ!」
「というか、覗きは犯罪ですよ!」
「ですです」
「『サラマンダー』の恥だ」
パーティーメンバー全員からダメ出しをくらうも、そんなことは全く気にしていないマリア。
「そっ、そんなーっ。私はレイン様のお背中を流したい気持ちを必死に抑えていただけですのに」
逆に被害者の様な体をとりつつ、マリアは涙ぐむようなそぶりを見せるが、彼女に同情する人間は、一人もいない。
マリアさん。両手を頬にあてて下から見上げたり、少し頬っぺを膨らませるようなあざといしぐさをしても無駄です。
「ここは、お湯の種類も量も多いよね。だから、「ユ」という言葉は入れたいな」
「そりゃいいんじゃないか」
「いいね! ってエルフ語でなんていうの?」
「『ファイン』ですが」
「じゃあ、ユファインでいいんじゃないのかなあ」
「おお。ユファインいいね!」
「いいお湯でユファインか。この地にぴったりの名前だな」
かくしてこの地の名は、ユファインと名付けられた。この命名に一番ほっとしていたのはレインに違いない。




