第3章 第6話 竜の湯
俺たちのキャンプは、自分たちが整備した街道の上で行う。場所は、俺たちがその日の夕方までに進んだ地点まで。野宿とは想像以上に体力を消耗するものだが、ここで思わぬ活躍を見せたのは、エルとロイの美人姉妹である。
彼女たちはエルフの中でも、山エルフという種族らしく、木々の伐採や大工仕事なども得意とのこと。子供の頃は、よく大人に混じって働いていたそうだ。材木の取引で計算が得意なところを、今は隠居しているソフィの父親に見込まれ、店で働くようになったという。今ではサーラ商会のナンバー2とナンバー3。
彼女たちは、テントの設営や炊事の手際がいい上、洗濯物を干したり雨宿りする際も、あらかじめ天候を予報してくれるので大活躍。『竜の庭』に入ってから逆に生き生きしているようにも見える。
「まるでセレンが3人いるみたい」と『サラマンダー』の皆さんからも褒められている。
逆に家事全般のエキスパートのフミは、俺との土木工事のせいで、一日の仕事が終わればぐったりとなっている。それも無理もない。何せ今日で6日目である。
約100キロあるハウスホールドまでの道のりは、50キロ地点まで過ぎたが、まだ半分もあるのだ。
一日の労働が終わったら、バーベキューと酒盛りが待っているが、疲れがたまってきているのか、だんだんみんな口数が減ってきている。意識的に豪華でおいしい料理にしているのだが、食欲も落ちている。
その晩、俺はクラークさんに相談してみることにした。
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「そうですね。皆さんの疲れは私も気になっていました。特に初日の襲撃が堪えましたね」
「俺もそう思います。あれがなければこの旅もずいぶん違ったものになっていたでしょう。何か皆の癒しになるようなものがあれば……そう、トーチの様な」
「そういえば、ロディオさんがトーチに温泉を造られたきっかけは何でしたか」
「あれはたまたま、井戸が街道を挟んで、俺たちのキャンプの向こう側にあったんです。こちら側にもあったら、便利かなあと思って試しに掘ってみたら温泉が出ました」
「そうですか、ロディオさん。実はこの『竜の庭』にはですね……」
クラークさんによると、この『竜の庭』といわれる大森林は、冬場に地表から湯気が立ち上る現象が見られるらしい。ただし、ドラゴンが出没する危険地帯のため、目撃例は少ないのだが……。
俺たちが改修している街道の近くでも湯気の目撃例があることから、この一帯には、ひょっとしたら温泉の水脈があるかも知れないというのが、クラークさんの予想である。明日、朝食の後にでも皆に相談してみよう。
翌日、俺は皆に、昨日クラークさんと話したことを相談してみると、反応は様々だったが、概ね賛成をもらえた。
「もし、温泉が出て来たら、絶対入りたいです。トーチのお湯は最高でしたから」
「都合よく出ないかも知れないが、私たち『サラマンダー』は、方針に従おう」
「出たら、大儲けですよ」
「温泉か、いいねえ、出たら孫たちを連れて来てもいいか」
「まあ、試すだけ試してみたらいいかもな」
「お館様の名代はクラークなんだから、俺はそれに従うさ」
「じゃあ、皆さん、クラークさんの意見に従うということでいいでしょうか。どうですか、クラークさん」
「確かに温泉はそうそう都合よく出るものではありません。ただし、この街道には、冬場の湯気から考えても、地下にある程度の水脈がある可能性があります。ここは、試してみる価値があると思います」
決まったな。
俺はまだ整備していない街道の脇に立ち、土魔法で地中に穴をあけることにした。
途中少し硬い岩盤があったが、「ぷつっ」と、それを貫くと、しばらくして濛々と煙が立ち込めた。そしてすぐに勢いよくシャワーが噴出した。
熱い!温泉である。何かトーチより簡単に掘れたぞ。
皆、盛大に吹き上がったお湯を見て大喜び。俺は、さっそく、レインやフミ、セリアや『アイアンハンマー』さんたちに手伝ってもらい、露天風呂を2つ作る。トーチの時と同じく岩風呂である。
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「どうでしょう、ロディオさん、ここは空白地ですよ。誰の領土でもありません。いっそのこと、ここの周囲に運河を張り巡らして、一大温泉街を作ってみましょうよ」
エルとロイが口をそろえて大胆なことを言う。この旅の本来の目的を忘れてないか?
「必要な人員や物資はサーラ商会にお任せを」
「まあ、ここの開発は、仕事が終わった後の楽しみにしましょうか」
クラークさんまで! どうやら、ここの開発は決定事項になっているようだ。
それはともかく、俺は皆に入浴をすすめつつ足湯を作り、廃水は運河に流れるようにした。
せっかくだからストーンウォールで全員分の屋根付きの部屋を造った。さらに、炊事場とキャンプファイヤー場も併設する。
エルとロイが、大工仕事を、セリアが鍛冶仕事を手伝ってくれたおかげで、1日で、宿泊施設が出来た。俺は、トーチ以上の出来に大満足である。
周囲は大きく運河で囲んでドラゴン対策はばっちり。これで、夜の見回りの負担も減るだろう。俺たちは、ここの温泉を『竜の湯』と名付けることにした。
さすがに疲れた。俺も温泉に入り、疲れをいやしたい。皆で相談した結果、食料も時間も余裕があるので、ここで、2~3日ゆっくり休むこととなった。




