第3章 第5話 竜の庭
俺たちが『竜の庭』と呼ばれる大森林に入ると、途端に緑が濃くなった。植物の生態が変わったのだろうか。森に入った途端、一つひとつの植物が同じ種類でも幹も葉も花もすべてが今までと比べて一回り以上大きい。
地盤はこれまでとあまり変わらないので、俺とフミは、いつも通り、街道を広げて両サイドに運河を作る。『アイアンハンマー』さんたちが仕上げと確認を行い、外側は『サラマンダー』が守る。中央にレインとハープンさんという布陣はそのままだ。
エルとロイに関しては、手伝いたそうにしているが、さすがに危険なので、馬車にいてもらう。途中、水を入れた運河の対岸にラプトルの群れが現れたことがあったが、やはり運河を越えてくることはなかった。皆で投石して追い払う。
遠くに首の長いドラゴンの姿が見える。ハープンさんによると、首長のドラゴンは、体は大きいが、草食で大人しいらしい。人を襲うこともなく、逆に人の気配を感じると、自分から逃げていくそうだ。元の世界の草食恐竜の生態に似ているのかも知れない。
しばらく進むと、見晴らしの良い草原に出た。
「おおっっ!」
そこはまさに、ドラゴンの楽園。草食っぽい巨大なドラゴンの群れが、大迫力で寛いでいた。
首長は、30メートルを優に超える個体が群れを成してのんびり草を食べている。大きな角を持つ四足の親子や、背中一面に板を並べた大型のドラゴンがのっそりと歩いている。
空には、かつて俺たちが駆除したワイバーンと同じ様なものが何匹も飛び交っていた。
俺が元の世界で知っている、恐竜によく似ている。トリケラトプス、ステゴザウルス、アンキロザウルス、イグアノドン……。何か頭突きし合っているドラゴンもいる。
俺たちはあまりの光景に言葉を失う。
「さすが、『竜の庭』だ」
これほどの草食のドラゴンが寛いでいる姿は圧巻ではあるが、逆に言うと、この場には危険な肉食のドラゴンがいない。よく見ると、この草原の奥にはちょうど俺たちが作っている運河と同じくらいの河川が流れており、この広大な草原一帯は草食のドラゴンたちにとって天然の安全地帯の様だ。
この日は草原の端まで進んでキャンプになった。夕食はラプトルのバーベキュー。調味料をふんだんに差し入れてもらったおかげか、今夜の肉はいつも以上においしく感じる。皆、思う存分堪能し、満足して眠りについた。
◆
「キャーッ!」
翌朝、俺はフミの悲鳴で目を覚ました。
慌てて俺とレインが駆けつける。俺たちの視線の先、運河の向こうに巨大な足跡があった。周囲には血の跡がべっとり。その場の状況から、ここで、昨晩超大型の肉食ドラゴンが獲物を捕食したのだろう。
「やはり、出やがったか」
険しい表情でそういうハープンさん。
「何ですか?」
「ディラノウロスだ。この『庭』の主だよ。……しかもかなりでかいな」
あれだけの数のラプトルが大森林の外まで出てきた理由は、ディラノウロスと関係があるかも知れない。ディラノの動きが活発になり、ラプトルたちは、本来の自分たちの縄張りから、追い出されるようにして出てきた可能性がある。
しかし、足跡から見るに、ディラノは、20メートル以上はありそうな巨体にもかかわらず、水を恐れるかのように、運河には近づいた様子がない。大森林を比較的安全に抜けるには、雨期に限ると言われている。肉食のドラゴンと水とは、関係があるのだろう。
「ちょっと、ここを見てみろ」
ハープンさんが指さすのは、足跡のかかと部分。
「ディラノで体長が20メートルを超える個体には、このようにかかとに爪が生えているものが多い。ここまで大きなものは、めったにないな。こいつは、厄介だぞ」
このような巨大なディラノは、行動範囲が広く、『竜の庭』を出ることもあるという。ギルドの内規でも、もし見かけたら、討伐ではなく、避難するのが原則らしい。
「きゃああ!」
今度は、反対側からエルとロイの悲鳴があがる。
俺たちが駆けつけるとすでに『サラマンダー』が勢ぞろいしていた。
腰を抜かして抱き合って震える姉妹の目の前には、巨大な首長竜。全長20メートル近い。
「ライリュウだ」
後ろからハープンさんが答える。ライリュウは、俺たちが作った運河の中に入り、気持ちよさげに水浴びをしていた。
「ひいいい」
怯えるエルフ姉妹を尻目に、サラが前に出て両手を広げた。
「おいで。よしよし。かわいいなあ」
「キューィ」
巨体に似合わず、可愛い声を上げると、ライリュウは、顔をサラに近づけ頬ずりしてきた。サラ、すっげー!
他の『サラマンダー』のメンバーも、葉っぱを食べさせたり、撫ぜたりしている。さすが、巨大ドラゴンをも退治するB級パーティーである。
「おそらくは、ディラノに襲われて、ここに避難してたんだろうな」
「そうですね。この子はまだ子供ですし」
サラがライリュウの頭をなでながら答える。子供でこのサイズなのか……。
しばらくすると、ライリュウは運河から出て、森の奥に消えていった。運河を壊さないか心配したが、大丈夫の様だ。俺は、笑顔でライリュウの子どもに手を振るサラに聞いてみた。
「なあ、サラ。お前がぶった切ったというドラゴンって、ディラノなのか?」
「うん。でもあれは、街の近くまで迷い込んだはぐれ個体だった。『サラマンダー』全員で弱らせ、動けなくなったところを、私がとどめを刺しただけだ。大したことはない」
サラは謙遜するが、それでも、全長20メートル級の肉食ドラゴンによく立ち向かったもんだ。
街道の両端に運河を作り続けてからは、基本的には正面のみ重点的に警戒すればよく、そこはレインとハープンさん、サラマンダーの計6人が交代で見張ってくれている。しかもキャンプ前には、正面にも広い堀を造って水を満たす。翌日は埋め立ててから工事を始めることにした。
見張りのメンバーも順番に交代するローテーション制。長旅になる可能性もあるので、3日に1日はレインや『サラマンダー』にも見張りの休養日を作ることにした。高いパフォーマンスを維持するには、肉体と精神の両方の休養が必要である。
と、いうことで、今後ますます食事を充実させることになった。俺たちには葡萄酒の他、ソフィからプレゼントされたエールもある。それを氷魔法でキンキンに冷やして、バーベキューの肉と一緒にいただくのはたまらない贅沢だ。
ラプトルの肉は焼くと、牛肉と鶏肉の中間くらいで、とても美味しい。これ、くせになりそう。何でも肉の中で最高級なのが野生のドラゴンなんだとか。この旅では、その気になれば獲れたての新鮮な肉が連日食べ放題である。最も、少し寝かした方がおいしいらしいが。
今は、当番のハープンさんとセリア以外の皆で、火を囲んで、食後の時間をまったりと過ごしているのだが、例によって、マリアはレインにべったりである。
「全く、マリアのやつ」
「あの子が『サラマンダー』の恩人なのは認めるけどね」
サラとセレンがあきれたように肩をすくめているが、マリアはまったく気にしていない様子である。マリア、メンタル強いな。
「さて、そろそろ交替の時間だな」
レインが立ち上がる。
「ええーっ、もうですの?」
串に刺した肉をレインに渡そうとしたマリアが不満そうに頬を膨らませる。
「なら、私もご一緒していいですか?」
「いや、いいって。見張りは2人で1人ずつ入れ替わるって決めたじゃないか。マリアはしっかり休んでいてね」
なおも食い下がろうとするマリアのマントをサラとセレンが無言でつかんで引き離す。
「あのねえ、マリア。はっきり言って、あなた、がっつきすぎ」
「そうです。あれじゃあ、男の人は逃げちゃいますよ」
「ううう。じゃあ、どうすればいいですの?」
「どうもこうもないわ! 今は任務中だっちゅーの!」
「そうですよ、合コンしに来ている訳じゃありません!」
マリアがサラとセレンに叱られていた頃、セリアと交代したレインもハープンさんからお小言を頂いていた。
「ところでレイン。お前、いい加減、身を固めたらどうだ」
「……」
ハープンさんが話しかけるが、レインはだまったままだ。
「お前、女のことになると頼りないな」
「何とでも言ってくださいよ。俺には俺のペースがあるんで」
「部外者が、口を出したくないが、お前に惚れてるのはマリアの嬢ちゃんだけじゃねえだろ。早く身を固めないと、気の毒な娘が増えるだけだぜ。それにあんまりのんびりしてると……」
「何です」
「後輩に先を越されるかもな」
「……それは何か嫌だ」
 




