第3章 第4話 後始末
ドラゴンに限らず、動物の死骸は、そのままにしておくと、血の臭いで大型の肉食動物を引き寄せる。特に『竜の庭』周辺の地域においては、大量のラプトルの死骸の威力は絶大だ。ほおっておくと、とんでもない大型で凶暴なドラゴンを引き寄せかねない。
俺が気を失っている間、レインがラプトルの死体を次々に冷凍していき、ハープンさんたちにも連絡してもらった。慌てて駆けつけてきたハープンさんたち。皆、一様にラプトルの群れを見て驚いていた。ハープンさんが矢継ぎ早に指示を出す。
「こんな数のラプトルの群れは聞いたこともない。急ぎ、クリークとサーラ商会、ギルドに連絡だ。エル、ロイ」
「はい、すぐに人を呼んできます。いくら氷漬けでも、素早く回収しないと危険ですしね」
「護衛として、マリア、行ってくれないか」
サラの指示に、「ええーっ。私ですの?」と言わんばかりに、ほっぺたを膨らまして不満そうなマリア。
「これだけの数のラプトルだ。マリアの実家にも助けてもらえればありがたい」
おお、待ってました。レインが絶妙のタイミングで声をかけてくれた。
「はい、喜んで。任せてくださいまし」
マリアはどや顔で、キャンプ地にある馬車から馬を外し、颯爽と跨る。さすがは騎士、絵になる美しさである。1頭に3人は乗れそうにないので、諸事情により、マリアの後ろにロイが乗り、エルには残ってもらうことになった。ロイは何だが怒っているように見えるが、今は緊急時。気持ちを押さえて任務を遂行して欲しい。
「それでは、行ってまいりますわ!」
不服そうなロイを乗せ、マリアは元気に手を振って出発していった。
キャンプ地まで移動して一息ついた俺とレインは、みんなに事の顛末を話した。そして、俺は妙に引っかかっていたことを話す。
「実は最後にラプトルの群れが、東に50匹ほど現れたんだけど、運河に水を入れたらこっちに来なかった。これ、どういうことだろう」
「なるほどな」
静かに頷くハープンさん。
「ロディオ、フミ、悪いがこの運河の計画を少し変更する必要がありそうだ。今は街道の片側に運河を作っているが、同じのを反対側にも造れねえか?」
街道を挟んで両側に運河か……。何とかなると思う。手間はかかるが、俺たちの安全には代えられない。ただ、気になるのは、まだ『竜の庭』に入ってないのに、これほどのラプトルの大群にあったことだ。
「とにかく、一番の失敗は俺だ。『竜の庭』に入ってないからといって、戦力を2つに分けたせいで、皆を危険にさらしてしまった。すまなかった」
ハープンさんはそう言って、全員に頭を下げた。
「いやいや、ハープンに頭を下げられたら、私の立場がありません」
「まあ、俺の索敵の範囲がもっと広けりゃ、こんなことにはならなかったし……」
◆
夜は、レインと『サラマンダー』たちが見張りをしてくれた。俺も交代しようかと申し出たが、やんわり断られてしまった。
「これが俺たちの仕事」
「逆に戦闘に巻き込んでしまって、すまなかったと思う」
逆に謝られてしまった。
◆
「……寝れないのか」
一人たき火の傍に残った俺にハープンさんが声をかけてくれた。
「俺は直接見ていないが、中々の戦いぶりだったそうじゃねえか。初戦であれなら大したもんだ」
いや、俺はフミを守れなかった。『アイアンハンマー』さんたちがいなかったら、フミは今頃……。
余程、昼間のことが堪えたのだろう。フミはテントの中でぐっすり寝ている。
「ボルグたちも言ってたぜ。さすがは伯爵家のお抱え筆頭魔導士だって。魔力操作と場数さえ踏みゃあ、すぐレイン以上になるってよ。大体、魔力量ならお前以上の使い手は、国中探してもいないだろ」
「ありがとうございます」
自分も責任を感じているのに、俺なんかのことを気遣ってくれるハープンさんの優しさが心にしみた。上を見上げれば、吸い込まれそうな星空である。
「もし、あの時、俺がもっと冷静ならば、皆の周りをストーンウォールで高く囲うだけで良かったんだと思います。ただ、あの時は、いきなりで、余裕がなかったです」
「それが場数とか経験とかいうもんさ。防御するなら味方を囲い込めば被害は防げる。魔法の事なら、レインに相談すりゃあいいじゃないか。親友なんだろ」
「ありがとうございます」
◆
翌日、俺たちは、今まで作った道の片側に同じように運河を作っていった。作業は午前中に終わり、お昼を食べていると、マリアとロイが帰って来た。
「たくさん連れてきましたの」
「ありがとう、ずいぶん早かったな」
「はい、早くレイン様にお会いしたくて」
顔を赤らめ、もじもじするマリア。
大きな荷馬車が30台。それぞれ、冷凍ラプトルを積み次第、トライベッカへ搬送される。次々とソフィさんの商館やギルド、更にはマリアの商家へと運ばれていった。
買い取り金額は、肉と素材合わせて、1匹あたり500万アールが相場らしいが、レインが倒したものは、瞬間冷却してあり、状態がいいため、600万アールで引き取ってもらえることになりそうだ。それに引き換え、俺のは損傷がひどく、100万アール以下。仕方ない。
食料や日用品をぎっしり積んだ馬車がさらに一台。元々の馬車はエルが御者をし、新たな馬車はロイに御者をしてもらう。この馬車と荷物は、ソフィさんからの差し入れとのことだ。
時間をかけても安全に進むべきだろうという、ハープンさんの言葉に一同うなづく。もう、こうなったら、旅程の大幅な遅れは仕方がない。
運河はこれまでと同じく、およそ500メートル作るごとに、『アイアンハンマー』さんたちに仕上げをしてもらう。そして運河の点検が終わり次第、水を満たしていく。
『サラマンダー』はそれぞれ分かれて広範囲の索敵をしながら移動。レインとハープンさんは中央で全体を見渡す。ソフィアからの援助物資のおかげで、ハウスホールドまで急がなくてもよさそうだ。
さて、いよいよ『竜の庭』に入る。




