第3章 第3話 襲撃
俺とフミの息の合ったコンビネーションで、運河も街道の拡張も順調である。先発隊はもう最初のベースキャンプを張っている頃だろう。何でも“ドラゴン討伐歴が多く、野営が得意なパーティー”というくくりで人選をしたらしいから安心である。
エルフの商人、エルとロイの姉妹は手持無沙汰のため、『アイアンハンマー』さんたちに混じって主に街道整備の手伝いをしていた。2人は別に雇われていないので、働かなくてもいいのだが、2人はエルフの中でも、通称、山エルフと呼ばれる種族だそうで、物作りが得意らしい。
逆にじっと見ている方が、つらいそうで、自主的に工事に参加してくれている。
レインは相変わらず作業を行う俺たちの真ん中で索敵を行う。魔力は尽きないのだろうか。
ハープンさんたちと別れてから、10キロ近く進んだ。今日はもう少し運河と街道の拡張をして終わり。俺とフミは、U字型のトライベッカと同程度の運河を掘りつつ、街道も整備していった。
「おーい、フミ、いいかあ~」
「はーい、いいですよ~!」
2人、息を合わせてゆっくり作業していく。うららかな日差しの中、そよ風に吹かれて、実にのんびりとした気分だ。
◆
出来たばかりの運河に、水を満たして、工事を終えようとしていた頃、突然レインが鋭く声を上げた。
「来るぞ! ドラゴン」
「……!」
「南から、50。さらに西から30……くそ、多い。俺は南。ロディオは西を頼む!」
レインはそういうと南へ走り出していった。おそらく、南からのドラゴンは、レインなら一人で大丈夫だろう。問題は俺。急にドラゴン退治って……聞いてないし! しかも30匹もなのか?
すぐさま、整地作業中の『アイアンハンマー』さんたちが、得物を剣に持ち替えて中央に固まる。後ろにエルフを入れて守っている。流れるような動きだ。D級とはいえ腕利きベテラン冒険者の肩書は伊達じゃない。
「フミも行け」
俺はフミに、『アイアンハンマー』さんたちの防御陣に入るよう言い、一人でドラゴンの群れと向き合う。
俺には生まれて初めての戦闘である。膝ががくがく震えるが、やるしかない。
小型肉食竜ラプトルの群れが見えた。体調は2~3メートルで、ドラゴンとしては小型だが、集団で突進してこられると、ものすごい迫力だ。地響きを立てて、突撃してくるドラゴンの群れ。砂煙が舞い上がり、大地が揺れる。
すぐさま相手の足元を液状化させたが、数匹転んだだけ。あとはこっちに向かってくる。
「ウインドカッター!」
先頭の1匹だけ倒れる。
ドラゴンの大群が迫る。もう目の前、5メートル。どうするか……。
「ストーンウォール!」
やはり、今の俺にはこれしかない。俺の目の前に迫るドラゴンを睨みながら右手を突き出す。すると、たちまち俺の目の前の地面がせり上がり、石壁がドーンと出現した。
「ギャーッ」
ラプトルの叫び声と地響き。何体か壁にぶつかった様だ。
……しばらくすると、
「キュリャアアア!」という叫び声とともに、数匹ずつ石壁を乗り越えてきた。
壁を飛び越えてきたものを、ファイヤ―ボールで狙い撃つ。一匹、二匹、三匹……。次々と倒していく。
……20匹程仕留めた。俺が大きく息を吐いて呼吸を整えた瞬間、
「ギリャアア!」
10匹程が、一塊になって飛び出してきた。
「ファイヤ―ボール!」
次々と仕留めていくが、打ち漏らしたのが数体、フミたちの方へ。
1、2……。3体いる。
すると、フミが『アイアンハンマー』さんたちの前に出てきた。
「ファイヤーボール!」
フミのファイヤーボールは3発放って2発命中。先頭と後続を続けざま2匹仕留めるが、3匹目が迫る。
俺も慌ててファイヤ―ボールを放つが、外れた……。
うわ! もうだめだ……。
すると、守りを固めていた『アイアンハンマー』さんたちが一塊になって前進し、フミを守るようにラプトルとぶつかった。フミはその場で腰を抜かしたようで動けないでいる。
……。
「どかーん!」
ラプトルが5人と体当たりし、『アイアンハンマー』さんたちは、全員吹き飛ばされたが、ラプトルの動きも止まった。
チャンスだ。
「ファイヤーボール!」
最後の1匹をようやく仕留めることが出来た。
◆
「皆さん、大丈夫ですか」
フミの無事を目の端で確認し、『アイアンハンマー』さんたちに声をかける。
「これしきの事、平気さ。なあみんな」
「おうともよ!」
派手に吹っ飛んでいたが、全員うまく受け身を取っていたようだ。軽い擦り傷や切り傷だけで済んでいる。さすがだ。
俺はすぐさま、荷物からポーションを出して渡したが、飲んでくれなかった。
「こんなもの、ケガにも入らねえよ」
確かにそれはそうかもしれないが、感謝の気持ちだと言って渡すと、何とか受け取ってもらえた。お土産にしてくれるそうだ。
「……フミ、大丈夫か。全く……無茶したな」
「……」
軽く涙をにじませ、下を向くフミ。
少し咎めるよな俺の口ぶりに、ボルグさんが口を開いた。
「いや、兄ちゃん。嬢ちゃんが2匹仕留めてくれなかったら、俺たちもタダじゃあ済んでいなかったぜ」
腰を抜かして涙目のフミを起こし、改めてお礼をする。そう。頭ではわかってんだよ。
……くそ、何が筆頭魔導士だ。俺だけじゃフミ1人、守れなかった……。
落ち込む俺の耳に、鋭い咆哮。運河を挟んで東からまたもラプトルの群れが見える。血の臭いに引き寄せられたようだ。どうなってるんだ。まだ、『竜の庭』に入ってもいないのに……。
運河を挟んで、ラプトルが次々と集まってくる。血の匂いに惹かれたのだろうか、もう50匹以上いる。
こうなったら一か八か試してみるか……最大出力で水魔法を使おう。
目の前の運河がたちまち水で満たされた。
「ギャギャギャギャ!」
俺たちの目の前に現れた、水を満々とたたえた運河にラプトルの大群は立ち止まる。
まるで怯えたように、こちらには来ようとしない。
「ロディオ様……これは?」
「ああ、トライベッカでは運河がそのままドラゴンや猛獣よけになったろ。こいつらにも効くのか試したのさ」
もう魔力は少ないから、そこらにあった小石をドラゴンにぶつける。『アイアンハンマー』さんたちやフミ、エルたちも加勢して石を投げ続け、無事、ラプトルの大群を追い払うことができた。
◆
「おーい、大丈夫かあー」
レインが駆けつけてきた。前方の大群は、残らず凍らせてきたらしい。
俺は、安心したせいか、レインの姿を見て、その場でへろへろと倒れてしまった。




