第3章 第1話 壮行会
作者が大好きな『サラマンダー』です。皆さん、よろしくお願いします。
出発を1週間後に控え、クラークさんがトライベッカへ無事到着。相変わらずにこやかな笑顔である。
「お久しぶりですロディオさん。急な仕事が入って少し遅れましたが、街道が綺麗に整備されていたので助かりました。それと、あのトーチのお湯はいいですね。思わず長居しそうになりました」
クラークさんはバランタイン伯の命で、トーチに職人を入れて宿場町を整備してきたらしい。もっとも今は温泉付きのホテルが一軒だけらしいが。しかし、そのホテルでは、従業員を募集したところ応募者が殺到したという。『労働時間外は、露天風呂・足湯入り放題』という条件が人気の理由なんだとか。
この日の夜は、バランタイン邸で立食形式の懇親会を兼ねた壮行会が行われた。
エルとロイの姉妹も早くから来ている。メイドに混じって飲み物や食べ物をすすめつつ、旅に必要なものを聞き出している。さすがはサーラ商会の腕利き商人なだけあり、クリークさんたちを相手に、すでに大口の契約が成立しているようだ。
「馬車でしたら、うちの商会のものをレンタルすれば2割安くできます。御者は私たちが交代でしますよ」
「もし、道中でドラゴンを討伐された時は、肉や素材の引き取りも直接うちの商会でお願いします。ギルドを通すのに比べて1割以上高く買い取らせていただきます」
ハープンさんが集めた冒険者たちも、もうすぐ来る予定である。B級とD級のパーティーにA級のソロ冒険者らしい。ハープンさんがどや顔で「今回は飛び切りの冒険者をそろえることが出来た」と自慢していたのでさぞかし優秀なんだろう。
どんな人たちなのか楽しみだ。
◆
俺たちが待つホールに最初にやって来たのは、ダークブラウンの髪と黒い瞳を持つ長身のイケメン偉丈夫。
「よお、ロディオにフミちゃん、久しぶり!」
「レイン!」
「レインさん!」
俺たちは3人でがっちり握手を交わした。
「何だ、お前たち知り合いなのか」
ハープンさんは俺とフミを驚かそうとしていたらしく、少し残念そうだ。レインのことを自慢したかったらしい。
「ところで、レインは何でこの仕事受けてくれたんだ」
「そんなの、たまたまだよ」
わかりました。エルフですね。俺は瞬時に全てを理解し、レインの肩を軽く叩いて小さくうなづく。友よ、いい旅にしような。
「そうだ、あの手紙の意味は何だ?」
「ああ、それはお前の背中を後押しする意味さ」
「レインの言うように迷わず行って良かったよ」
確かにレインの言葉どおり進んだ結果、うまくいっている感は否めない。この文章は元の世界の名言だが、まさかな……。
◆
しばらくしてやって来たのは『サラマンダー』の4人。何と女性だけのパーティーである。今回の一行にはフミをはじめ、エルフの女性も参加するため、ハープンさんはわざわざ女性冒険者を探してきてくれたのだ。
ハープンさんが俺とフミに彼女たちを紹介してくれた。レインも彼女たちのことをよく知っているらしい。
「よろしくロディオ殿。私がリーダーのサラだ」
サラは、そう言ってすっと右手を出してくれた。動作の一つひとつが、きりっとしていてかっこいい。
赤毛の長い髪にりりしい狐耳、もふもふ尻尾。赤みがかった瞳はきらきらしている。
どちらかというと、女性人気が高そう。例えるなら宝塚の男役トップスターの様な雰囲気。背景に薔薇が出てきそうな、しなやかな女戦士である。
そして、サラは大きな剣を背負っている。何でもこの大剣『フェンリル』で、巨大な肉食ドラゴンをぶった切ったことがあるらしい。そして、その切り口のあまりの凄まじさをもって『サラマンダー』は、一躍スターダムになったそうだ。
「よろしくお願いしますね」
そういって、陶磁器の様に白くて細い手を差し出してきたのは、ハイエルフのセレン=ディアス。綺麗な銀髪に緑の瞳。透き通るように白い肌。俺の前の世界の感覚では、ドレスを着せれば、どこかの国の姫君で通用しそうである。
サラが男役なら、セレンはさしずめ娘役といったところか。後衛で主にヒーラーだが、弓や風魔法も得意だという。華奢で可憐な姿だが、サバイバルの達人でアウトドアに精通している。当然、野営はお手のものだとか。
フミは、俺の視線が一瞬、セレンに向いた途端一気に警戒感を高めたようで、俺の腕をぐっと引き寄せる。
いや、失礼だろ。フミの目を盗んでセレンに「ごめんね」と片目をつぶる俺。
セレンの後ろに隠れているのはドワーフのセリア。人見知りなのか、ずっとセレンの服のすそを握っている。
小柄で、中学生くらいに見えるのだが成人しているらしい。耳が細長く、ぴこぴこ上下に動いている様子が可愛らしい。
ドワーフといえば、ひげを生やしたガタイのいい男性のイメージが強いのだが、女性は小柄で華奢な人が多いのだとか。
セリアを見ていると、エルフとドワーフが近しい種族というのもうなづける。
ただし、ドワーフ女子は、どこにそんな力があるのか、大きなハンマーも振り回す腕力と底なしの飲みっぷりが種族的な特長で、腕力も酒量も人間の男では到底太刀打ちできないそうだ。
セリアはパーティーの中衛として攻撃魔法を使いこなすだけでなく、状況に応じては武器を手にしての接近戦も得意なオールラウンダーだという。
普段は各種装備の補修や製作・調達係らしい。髪は濃い紫に黒目。おそらく魔力の量はかなりのものだろう。
◆
「あれ、もう一人は?」
「ああ……マリアならあそこだ」
サラがあきれたように指さすその先に、すらっとした人間の女性がいた。
鳶色の瞳にブロンドの髪。かなりの美人である。彼女のスタイルは、この世界でも十分美人の範疇に入るだろう。しぐさが女の子っぽい。なんだかやけに女子力が高そうだ。
大ぶりのピアスにふわとろ素材のブラウスに合わせたひざ丈のフレアスカート。足元はフェミニンなサンダル。まるでこれから、友達と待ち合わせてカフェ巡りでもするのかというような恰好。
そんな美人さんが、目をハートにしてレインに夢中で話しかけている。
レインは背の高い大柄イケメン。しかもソロでA級。あこがれるのは仕方がない。しかし……それにしてもあの子、がっつきすぎなのでは?
「おい、マリア。ちょっとこっちに来い!」
ハープンさんに呼ばれて、しぶしぶマリアがやって来た。レインはほっとしたような顔をしている。
「こっちがマリアだ」
マリアは騎士官学校を主席で卒業した冒険者。前衛で剣も使えるが、一番得意なのは中衛での槍。
騎士官学校とは、魔法学院に並ぶ名門校。優秀な成績で卒業すると、共和国の騎士団などエリートコースが約束されている学校である。
なぜ安定した就職先を蹴ってまで冒険者になったのかというと、何でもある冒険者に一目ぼれしたからだとか……。
「あんたねえ、まさかそんな格好で来るなんて」
「だって、レイン様の前ですもの。ああ、一緒に旅だなんて夢みたいですわ。もちろん、出発前には着替えますわよ」
マリアが安定した就職を蹴ってまで、冒険者になろうとしたきっかけはレイン。
学生時代に職業体験の研修で出会って一目ぼれだったとか。
卒業後は冒険者登録を済ませ、レインに一緒にパーティーを組んで欲しいと何度も申し込むも、断り続けられていたそうだ。
仕方なく自分もソロで仕事をしていた時、サラマンダーの3人に出会った。マリアはサラマンダーの3人にお金を貸してやったり、相談に乗ってやったりするうちに打ち解けて、気付いたらメンバー入りしていたらしい。
マリアの実家は運送業を手広く行っている商家で、彼女の立ち位置はさしずめパーティーの金庫番兼銀行といったところの様だ。
もっとも、マリアの父親は勝手に冒険者になった娘にかんかんだったが、B級の冒険者になったことで許してもらったのだとか。
「俺はロディオ。こっちはフーミ。よろしく」
「えっ! じゃあ、あなたが、レインさんの”マブダチ”というロディオさんですか。私は、ティア・マリア=マリージュと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言うと、マリアは何やら俺に耳打ち。
「ちなみに、レインさんのこと、いろいろと教えてくださいましね」
「ああ。いいですよ」
「よかった! 何よりですわ~。私もロディオさんに好きな子がいたら協力しますので、同盟を結びましょう」
……俺は別に友人としてだけで十分です。
とりあえずマリアには、レインは魔法の研究が趣味で、今、プレゼントされて一番喜ぶのは、めずらしい魔導書だということを教えておいた。
好きな女の子のタイプも聞かれたのだが、さすがにエルフだなんて言う訳にもいかず、「前向きで、ひたむきに頑張る人じゃないかなあ」などと、適当に教えておいた。好みの外見は、大抵のエルフがさらさらロングでスマートな体型なので、そのように答えるとマリアは目を輝かせて満足そうに頷いていた。
それにしても『サラマンダー』はバランスがいいパーティーである。彼女たちには、宿営地の設営や警戒など、旅のサポート業務を担ってもらう予定である。
しばらくして、D級パーティー『アイアンハンマー』の5人がやってきた。
彼らは、ホビットの5人組ベテランパーティー。リーダーのボルグさんは、ハープンさんがフリーの冒険者だった頃からの知り合い。そして、ボルグさんの一つ下の弟がドルグさん。残りの3人はハーグさん、リーグさん、オーグさんの3兄弟。全員親戚で、なおかつご近所同士らしい。
普段は、主に農業に従事しているが、農閑期はギルドで仕事をしているのだとか。お互いよく知っている者同士、連携もよさそうである。皆さん結婚されて孫までおられるそうで、お酒が入ると生まれたばかりの孫自慢が始まっていた。
ハープンさんは40代後半なので、皆さんも、大体同じくらいの年齢らしい。えらく若いおじいちゃんに思える。元の俺の年齢と大して変わらんぞ。
ハープンさんが言うには、腕はいいらしいく、その気になればいつでもランクは上がるのだが、戦闘が嫌いなのであえてD級のままらしい。
おお、その手があったか。ちなみに俺とフミも、ギルドからせっつかれてついこの間Dランクになったばかり。『アイアンハンマー』さんたちの生き方を大いに参考にさせてもらおう。
「まあ、俺たちもドワーフだったら鍛冶屋や酒造りでもしたいんだけどな」
「ホビットにできることと言えば、雑用ぐらいさ」
そうは言うものの、トライベッカの運河の工事で、丁寧な仕上げをしてもらったのが実は彼らなのである。どちらかというと冒険者というより作業員という言葉がぴったりの人たちだが、ハープンさんとは昔から馬が合うらしい。
「いやいや、雑用なんてご謙遜を。トライベッカ運河での丁寧な仕事ぶり、感服していました」
そう言って、俺とフミは、ボルグさんたち一人ひとりと握手をしたのだった。




