第2章 第11話 ソフィ ☆
屋敷に戻ると、来客があるということで、メイドに案内されて応接室に通された。
「たまたま、近くに来たものですから、立ち寄りましたの」
来客とはソフィさんだった。何とも気まずいタイミングである。ソフィさん、今日は清楚な純白のドレス。さらさらロングに柔らかそうな胸がたゆんたゆんしています。後ろにはこれまた美しいエルフさんが2人。
これは試練だ。大勝負である。決してエルフに心を動かしてはいけない。胸を見ることだけでも危険である。俺は心の中で、般若心経を唱えた。フミはソフィさんを一目見るなり、すっと表情を消して一歩下がって俺の方を凝視している。
「本日は、みなさんにお詫びをしたくて」
ソフィさんが言うには、サンドラで急な商談が入ったため、ハウスホールドまでの旅には同行できなくなったということだった。
「代わりに店の者を同行させます。ハウスホールドへはこの子たちを連れていってください」
ソフィアさんに呼ばれて、後ろに控えていた2人が挨拶する。
「お初にお目にかかります。サーラ商会、番頭のエルです」
「妹のロイです。副番頭をしています」
2人とも20代前半に見える姉妹である。見目麗しい。美人姉妹で、なおかつ、親しみやすいぞ。エルは腰までのブロンドの髪がゆるくウエーブしたグラマー美人体型。ソフィーより少し小さいが、それでも歩くたびに、双丘がたゆんたゆん。にこやかで優しく、おっとりとした雰囲気。
一方、ロイは髪こそエルと同じブロンドだが、こちらは肩上までに切りそろえ、お姉ちゃんよりはきりっとした目元。顔つきは似ているが、性格や好みは違うのかも知れない。スタイルはスリムで健康的にうっすら日焼けしている。例えるならスポーツジムの美人インストラクターといった印象である。そんな2人は俺たちに、笑顔全開で接してくれた。
はっきり言って、2人ともとてもかわいい。多くのエルフ女性のような、どこかつんと澄ましたような冷たさはなく、暖かく庶民的。それでいて理知的。俺が元いた日本ならば、女子アナやキャスターでも十分務まりそうな姉妹である。
これぞ、庶民派エルフ。サーラ商会は新ジャンルの宝庫なのだろうか。俺もファンになりそうだ。ただし、隣の女子がいなければの話だが……。
……いや、いかん。フミの傍で、俺が鼻の下を伸ばしている場合ではない。俺は、目をつぶって、もう一度、小さく般若心経を唱えた。
◆
エルとロイの2人は俺とフミを見て顔を紅潮させている。
「きゃいーっ」
「黒目だよ」
「黒髪だよ」
2人は顔を見合わせて互いに破顔すると、俺たちの所に飛んできた。まるであこがれの芸能人に会ったみたいだ。
「私たち、魔力の多い人にあこがれているんですう」
フミもさすがにここまで好かれては怒れないらしく、しぶしぶという様子で握手していた。
◆
3人が帰って、フミと2人でリビングで寛ぎながらお茶を頂く。あの後、フミはソフィさんに詰め寄って弟や両親のことを聞いていたが、ソフィさんは本当に知らないらしかった。何でも、ソフィさん自体、両親とは血がつながってないらしい。
孤児だったソフィさんを両親が引き取って、娘として育ててくれた。これはエルフの世界では普通のことなんだとか。なんでも、ソフィさんは、サーラ家に引き取られて物心付いた時からずっとトライベッカ育ちで、他の街にはほとんど行ったことがないという。
両親は今は隠居して、店はソフィさんが引き継いでいる。本人は、「私なんてお飾りですから。実務は全て店の者がしてくれているのですわ」と控えめだが、あのバランタイン伯が認めるほどだから、かなりのやり手に違いない。
ちなみに『サーラ』というのは、エルフでは比較的多い家の名で、ハウスホールドの王家もサーラ家だという。ソフィさんのサーラ家とは、遠い親戚かも知れないが、彼女の家自体は、先祖が貴族だったかも知れないというだけの商家だそうだ。
逆に苗字だけで決めつけられるのは、ソフィさんに気の毒である。元の世界で、よく一緒に野球をして遊んでいた松井君が、名前だけでいつも無理やり4番にさせられていた事を思い出してしまった。
「なあ、フミ。さっきの俺、どうだった? 平気だったか?」
俺は、頃合いをみながら恐る恐る聞いてみた。
「はい。ロディオ様は、詠唱を唱えられると、すっと匂いが落ち着いたものになりました。あれ、なんていう魔法なのですか?」
「ああ、あれはね、ウチの家系の男子にのみ受け継がれる高位魔法なんだ。記憶を失った俺が唯一覚えていた魔法。秘密の詠唱を唱えるので、フミにも教えられないんだ」
「ふーん。そういうものなのですね」
どうやらフミは納得してくれたようだ。
(四月咲 香月 さま より)
 




