第2章 第9話 研修
なんかおかしい。
フミが口を利かない。
それどころか目も合わさない。
ところが、バランタイン家の執事やメイドとは笑顔で会話を交わしている。……一体どうしたものなのだろう。
思い当たるのは、昨日ソフィさんと会ったこと。確かに俺は見とれてしまった。だけど、ハープンさんやあのお堅いクリークさんですら見とれていたように思う。あの美しさは不可抗力である。
フミはいつもなら俺を見ると笑顔で話しかけてくるし、歩くときは横に来て腕を組んできたりする。それが、今朝は俺の方から挨拶しても無視である。
ハープンさんやクリークさんに対しては、いつも通りの態度。なぜ俺だけ?
クリークさんは、今日も次の俺たち遠征部隊の馬車や装備の準備や打ち合わせで忙しそうだ。ハープンさんも冒険者の募集や面接で朝からギルドに行っている。
俺とフミは出発までの1週間大きな仕事がないため、研修期間に入っている。バランタイン家との契約の際に、この制度を認めてもらったのだ。
普段ならフミと共に魔法の練習や街の探索など、ゆっくりと過ごすことが出来て最高なのだが、俺の横には能面の様な顔をしたフミ。
「なあ、フミ。何でそんなに怒ってるの?」
「……」
相変わらず、フミはツンと無視する。俺から顔を背けて無言のままだ。
「わかったよ。俺は一人で行くから」
そう言ってトライベッカの街へ出た。
俺たちの研修は、何ら拘束事項もなく自由に過ごせるという契約。今日は街をぶらぶらしながら、俺の知識や魔法の役立てどころを探してみる予定だ。そういえば一人でこの世界の街に行くことなんて初めて。何だか新鮮。たまにはこういうのもいいな。
トライベッカの街は、活気があって刺激的。異世界人の俺はわくわくが止まらない。雑貨屋で珍しい道具を見た後は露店で串焼きを買い、食べながら歩いてカフェで一休み。
この店のオリジナルブレンドのハーブティーを味わっていると、いつの間にか俺のテーブルの周りに人垣ができていた。
いや、これを人垣と言ってもいいのだろうか。なにせ人間は一人もおらず、全員白や肌色や褐色のエルフや獣人の女の子たちである。
「すみません。ご一緒してもいいですか」
「お名前をお教えくださいませんか」
「この先に素敵なお店があるんですが、ご一緒にいかかですか」
「好きです」
「私の里は、跡継ぎがいなくて困っています。一緒に来ていただけませんか」
……いくら何でもこれはやばい。特に今の跡継ぎ希望のお姉さん。ケモミミとフサフサ尻尾の狐人族だろうが、そんな恥ずかしそうにもじもじしながら俺の手を取らないで……。
かと思えばすぐに、エルフさんたちに両腕つかまれて引き離された。離してくれません。いつかフミが外出の時に「いろいろやばい」と言っていた意味はこういうことか。
言い寄って来てくれる異種族の女の子たちに赤面しつつあたふたしていると、突然後ろから何者かに肩をつかまれ、後ろに引っ張られた。
「ちょっと、いいかげんにしてください!」
フミが耳の女子たちの前に両手を広げて立ちふさがった。女の子たちはフミの勢いに気圧されたかのように、ゆっくりと後ざすりした後、しぶしぶ退散する。
「黙って見てたら、勝手にべたべたと……。誘惑しないでください!」
「……黒目の女か」
「あの魔力量、ハンパないわ」
「ちっ。仕方ない」
さっきまであんなにかわいく、きゃいきゃいしていた女の子たちが、まるで悪役の様な捨てゼリフを吐きながら退散していった。
フミは俺に向かい合いながらも、下を向いて黙っている。
「……俺たちも場所を変えようか」
◆
そんな訳で、俺はフミの手を引いてギルドの酒場へやってきた。俺は喉が渇いたので水だけだが、フミの注文はフルーツパフェである。
…………。
一番奥の席に向き合って座る。しばらくすると、水の入ったグラスととパフェが運ばれてきた。
黙って食べているフミ。
この状況で、どうしてパフェなんて注文してるんだ?
「ところでさ、フミ、何だ?」
「あひゃい」
「だから何なの」
「……」
「少し長くなりますが……」
フミはそう言うとスプーンをテーブルに置き、真っ赤な顔をキッと俺に向けて、ゆっくりとかみしめるように話してくれたのだった。。
 




