第2章 第7話 運河
朝食は間違いなくうまかった。茹で上げたプリプリのソーセージにプレーンオムレツ。厚切りパンにサラダとスープ。バターや蜂蜜も極上品を使っている。お茶からは、ハーブの様ないい香りがする。
……せっかくのいい香りを味わいながらも、何だか居心地が悪い。
理由は俺の前で渋い顔をしているハープンさん。何だか空気悪いよ。さっさと朝食を切り上げて、仕事に出発したい。
今日はまず、南の農地へ向かう。俺・フミ・ハープンさん・クリークさんの4人に、荷馬車がついてきた。それとなぜか多数のギャラリー。
そして俺たちは、石壁を造る予定だった場所に到着。地盤を確認すると、運河を造っても問題なさそうだ。今日の所は、調査だけでも良かったのだが、俺としてはほら吹き扱いをされるのは嫌だ。早く、本当に運河が造れることを証明したい。
俺はフミを500メートルほど前に立たせた。フミが合図の手を上げたのを確認して、直径50メートルくらいのハーフパイプを造る。
俺が右手をかざして、頭でイメージしたように魔力を流すと、ゆっくりと地面が押し固められ、ゆっくり窪んでいく。その窪みが、フミのところまで、少しずつ広がっていく……。
ハープンさんやクリークさんも、初めて見る大規模な土魔法に驚いて言葉を失っていた。
野次馬の観衆からは、「ドッ!」と地鳴りのような歓声が沸いた。彼らの多くは、トライベッカで働く冒険者の皆さん。どうやら俺たちの失敗するところを見ようと集まってきた人もいるらしい。
「ま、まじか……」
「すっ、すげえな」
「こんなの、初めて見たよ」
「さすが、お館様の筆頭魔導士様だ」
群衆からそんな言葉が漏れ聞こえる。俺は思わず緩む頬を引き締め、仕事に集中する。二度と調子になんか、乗るもんか。
「クリークさん、船を付けるには少し浅いですか?」
「そうですね。もう少し深い方がいいかもしれません」
最初は半円形にくり抜くように地面を固めたのだが、船の運航を考えてU字型にした。
その後、底をフミと2人で圧力をかけて固め、仕上げにレンガ状の石を敷き詰めていく。運河の底から石が次々と浮き出し、隙間なく敷き詰められていく様を見て、観衆は大歓声。
なにやら噂を聞きつけて、仕事の手を止めて見物に来る農夫や商人たちまでやって来る始末である。
しまいには俺たちが移動しようと馬車を進めるのに邪魔になったり、運河の底に降りて確かめようとする者まで出て、午前中は500mの距離を5回すすめるのがやっとだった。
◆
昼になり、フミと2人、シートを敷き、用意してもらったお弁当を広げる。
「すまん。ロディオ殿!」
フミにお茶を入れてもらっている時、ハープンさんがやってきた。
「まさか、貴殿がこれほどの力をお持ちとは思わなかった」
ハープンさんが差し出した右手を俺はぎゅっと握り返した。フミも横でにこにこしている。ハープンさんはバランタイン家のお抱え筆頭冒険者で、有事には騎士団と共にバランタイン家の軍勢も率いる。
日本の戦国時代で例えると、侍大将のような立ち位置らしい。
ハープンさんは俺の魔法を目にするまで疑っていたそうだ。何故なら彼自身、A級冒険者で、若いころは髪もふさふさの魔法剣士。自分の経験上、俺が今して見せたようなでたらめな魔法なんて見たことがなかったという。なにはともあれ誤解が解けてよかった。
◆
「よーし、OK!フミ、先に進んでくれ」
「はーい」
俺たちは午後も同じ要領で作業を繰り返し、今日の予定も無事終了。ハープンさんやクリークさんが、野次馬や見学者を下がらせてくれたおかげで、午前に比べるとスムーズに進んだ。
翌日からは、ギルドを通して人を雇い、仕上げをしてもらう。俺たちの工事を見学しようとするギャラリーに対しては、排除するのではなく、上手に規制することで数多くの出店が出ていた。
それも、ほとんどがバランタイン家の直営店で、串焼きの肉などの軽食だけでなく、ワインやエールまで売られていた。執事や、メイドが総出で接客している。
バランタイン家から俺たちに出されている昼食も『運河セット』という名で一般販売されている。何て商魂たくましいんだ。
5日後には運河は完成。ローヌ川に作った水門を解放し、運河が開通した。その後さらに数日かけて壁の補修や増築を行い、トライベッカの害獣防備は万全となった。小高い丘から街を見下ろすと、まるで要塞の様な城郭都市が出来上がっている。
◆
「カンパーイ」
運河が無事完成した次の日、工事の完成を記念して、内輪の打ち上げが行われた。
俺とフミ、ハープンさん、クリークさんの4人で集まって、夕食を兼ねての宴会だ。本当は、街の最高級レストランでする予定だったのだが、何でもクリークさんから諸事情により、屋敷の食堂でして欲しいということである。
「おい、都合って何だよ」
「まあまあまあ。すぐわかりますよ」
残念がるハープンさんだったが、クリークさんになだめられていた。
すっかり打ち解けた俺たち4人は、いつものように楽しく飲み食い。しばらくしてクリークさんが、「ちょっと失礼」と、席を外したかと思うと、何とバランタイン伯を伴って現れた。
「やあ、久しぶり。皆、元気そうで何より。ロディオにフーミ、そしてハープン。この度は御苦労様」
満面の笑みで両手を広げている。相変わらずにこやかでオーバーアクション気味の伯爵である。
「俺なんて何にもしてないですから」
ハープンさんは謙遜するが、人足を多数手配して、俺とフミが作った運河や壁の仕上げをしてもらった。
彼らを指揮する様子はお世辞抜きで見事な統率ぶりだったと思う。俺とフミという思わぬ戦力の登場により、工事で働くことを当てにしていた人たちは仕事を奪われたと思うかもしれない。
そこで不満が出ないように別口の仕事をふるなど、うまく調整してくれていたのもハープンさんだった。
「いやいや、ハープンさんには本当にお世話になりました。それからスムーズに仕事が出来たのは、クリークさんのおかげです」
クリークさんは、馬車や資材、食事に至るまで、工事に関わる補給業務を完璧にこなしてくれた。多数のギャラリーに対しては、工事の邪魔にならないよう、規制までしてくれた。
見た目はクールでお兄さんとは対照的だが、さすがはクラークさんの双子の弟だけあってよくできる。バランタイン家の執事の中で、ナンバー2なだけのことはある。
「あの運河は素晴らしいですね。農作物の運搬だけでなく、これなら大掛かりな物資の輸送が可能になるかも知れません」
「どういうことですか」
「……ま、まあ飲みましょう。何しろ今回の一番の大活躍は、ロディオです。それは、ここにいる皆の一致した意見だと思います」
なにやら、歯切れの悪いような気がするのは、気のせいだろうか。
バランタインさんは、テーブルの飲み物が減っていることを確認すると、メイドにワインセラーからとっておきの1本を持ってこさせた。
「まさか……これは、噂の200年物」
酒好きハープンさんはごくりとつばを飲み込む。
「今日のめでたい日に、皆であけましょう」
フミも嬉しそうにパチパチと、小さく手を叩いている。俺もうれしいんだけど、正直、ワインでごまかされそうで少し気がかりではある。




