第2章 第6話 トライベッカ
トライベッカは一地方都市ではあるものの、その賑わいは共和国において商都サンドラと比べても遜色はない。
バランタイン伯はこの街からもたらされる豊かな経済力を後ろ盾に、今や共和国でも指折りの権勢を誇るまでになっているそうだ。
街のつくりは、サンドラに非常に似ている。何でも伯爵は、ここトライベッカの街を整備するにあたり、サンドラをモデルとしたらしい。
違うのは、街の東にローヌ川がゆったりと流れ、天然の堀になっている点。
人々は、サンドラに比べて明らかに他種族の割合が高い。
バランタイン領は共和国の南の端に当たり、その領内でもこの街が南端にあたる。
俺たちはサンドラから南下してトライベッカの北門をくぐって入城したが、南門を出て森林地帯を抜けると、亜人たちの領域になるそうだ。
南に何日か下るとエルフの国があり、そこを拠点にしてドワーフや犬人、猫人といった獣人族などの領地に通じる細い街道がつながっているということである。
俺とフミはコザさんからトライベッカについての情報を聞きつつ、異国情緒たっぷりの街の様子を飽きずに眺めていた。馬車は重厚な石門をいくつかくぐり、中央通りを進む。
しばらくすると噴水広場が見え、その脇にひときわ大きな城館が目に入った。
「ここが、お館様のお屋敷です」
コザさんが大きな城館の前で馬を止めた。俺たちは、トライベッカ滞在中ここに宿泊して仕事をすることとなる。
いやはや、さすがは伯爵家の本邸。重厚な石造り。優雅にして無骨とでもいうのだろう。洗練されているにもかかわらず、いざ戦闘になった時を想定した様々な仕掛けが目に入る。
例えば、館の周囲は深い堀で囲まれ、まるで要塞のようだ。そして、この石壁沿いの穴は一見、おしゃれなオブジェに見えるが、日本の城郭に施されたような銃眼だろう。
この世界には、まだ銃は実用化されていないらしいが、ここから弓やボウガンで敵を仕留めるつもりなのだろうことは容易に分かる。
他にも、外部から侵入してきた敵を誘い込む広場の様な場所もある。
石畳の道は不自然に左右に折れ曲がり、まるで首里城の様。一体、玄関に着くまでどれほどかかるんだろうか。
ようやく玄関にたどり着き、エントランスに入ると、執事とメイドがずらっと並んで出迎えてくれた。総お出迎えか!
俺は一度だけ行ったことのある北陸地方の某温泉旅館を思い出してしまった。
ロビーでお茶を飲んで少し休憩した後は、メイドさんに屋敷の中を案内してもらう。
「ロディオ様とフーミ様は同室で構いませんか」
「はい♡」
「別々で!」
同じ部屋で寝ていたときは、いろいろ気を遣って大変だったんだよ。
おかげで毎日寝不足だったのだ。フミは不満そうだったが、ここは一人部屋にしてもらうことにした。
というか、元の屋敷で2人暮らしをしていたときも、別々の部屋だったよな。
メイドの案内で、軽くシャワーを浴びた後は、豪華な食堂に案内された。コザさんとはここでお別れだ。
「いろいろありがとう。助かったよ」
「楽しかったです」
俺とフミの言葉にコザさんは顔をほころばせてくれた。
「いえいえ、こちらこそいい思い出が出来ました。それではお元気で。ロディオ様もそして奥方様も」
「まああっつ」
フミは照れながらも嬉しそう。
「そんなあ、私なんてえ」
フミはゆるく上体をくねらせつつ、右手・左手と自分の胸に添えてデレる。コザさん、普段無口のくせに一言多いって!
コザさんは、馬車に伯爵家の荷物を積み込み次第、すぐにサンドラに戻るらしい。
「今日はトーチで一泊しますよ。あの温泉と街道の舗装については、詳しくクラーク様やお館様にお伝えしないといけませんので」
余程、源泉かけ流しの天然温泉が楽しみらしく、心なしかうきうきしているように見える。
豪華な夕食を摂った後、その場でトライベッカの執事長と早速仕事の打ち合わせに入る。何かこの執事、どことなくクラークさんに似ているな。
「あの、もしやクラークさんという執事をご存知ですか?」
「クラークは私の兄ですが何か」
クリークさんは表情を変えずに答える。
どうりで似ているわけだ。しかし……クラークさんが笑顔を絶やさない一方、弟のクリークさんはやけにクールである。顔のつくりは似ているが、雰囲気が違うせいですぐには双子だと気付かなかった。
しばらくするとガチャリと扉が開き、大柄な男が大股で部屋に入ってきた。
「よう。俺がバランタイン領で害獣駆除の責任者をしているブナ=ハープンだ」
つるつるに禿げ上がった頭を光らせ、ハープンさんは右手を出してきた。
「よろしく。ロディオ=スタインです。彼女はフーミ」
「よろしくお願いします」
俺とフミはそれぞれハープンさんと握手した。ぐっと力のこもった気持ちのいい握手だった。
「それでだ」
ハープンさんは、テーブルの上にトライベッカ周辺の地図を広げた。
「トライベッカの周辺は、北から西に竜骨山脈。東にロール川が流れ、西から南に森が広がっている。近年この森から動物や小型のドラゴンが出て農作物や家畜を荒らしやがるんだ。冒険者がたまに森に入って駆除してくれるんだが、あまり効果は上がってない。小物ばかり多くて、うまみがないんだ。最近はギルドで募集をかけても上位の冒険者は来てくれない」
「……そこで、街の外に広がる農地を守るように、西から南へぐるっと壁を作る計画がある。長さは約20キロ。予算は2億から3億。毎年農作物の被害が1億以上あるから、完成すれば2~3年で元が取れるという訳だ」
「うーん」
ハープンさんの話を聞いた俺は、腕組みをしながら考える。
「ローヌ川を渡って動物やドラゴンは来ないのですよね?」
「そうだが」
何でもこのあたりの害獣はほとんど泳げず、泳げる動物はどうとでもなるらしい。
「では、ローヌ川から水を引いて、東から南へ運河を作りませんか。被害を抑えるだけでなく、将来、物資の輸送にも使えて便利ですよ」
「おいおい、それじゃあ、予算がいくらあっても足りんぞ」
「俺とフミなら、一週間ほどで何とかなるでしょう」
…………。
「おい、まさか俺をバカにしようってんじゃないだろうな!」
ハープンさんの不穏な様子を察知して、クリークさんが助け船を出してくれた。
「ロディオ殿は、この度、我がバレンタイン家筆頭魔導士になられました。まさか二言はございますまい」
助けてくれたのはうれしいけど、クリークさん、何気にハードル上げるのやめてください。プレッシャー半端ないです。
「ならば、明日にでも見せてもらおう」
ハープンさんはまだ半信半疑の様である。たくましい腕を組みつつ、渋い顔で俺を見下ろす。
「それでは、明日の朝7時にここで皆さん朝食を。食べ終わりましたら、視察を兼ねて実際の現場を見に行きましょう。準備は私が万端整えておきますのでご心配なく。もし可能なら、すぐにでも工事を始めてもらっても構いません」
一同、クリークさんの提案にうなずき、今日は解散となった。ふいーっ。疲れた。
ハープンさんはいい人だと思うのだが、俺たちのことを疑ってるし、クリークさんは親しみやすいクラークさんと違ってやけにクールだし。
まあいいや。明日頑張ろう。俺は久しぶりに一人でぐっすりと寝たのだった。




