第2章 第5話 温泉 ☆
「ロディオ様、ロディオ様」
俺が目を覚ますと、俺は見知らぬテントの中に寝かされていた。フミが心配そうに見下ろしている。
いててて……。
体の節々が痛い。俺はあの後、気を失いつつも、しばらくの間、魔力を出し続けていたらしい。程なくして崩れ落ちるように倒れた俺は、フミに介抱されながら馬車で予定地点まで進み、今に至っている。
どうやら魔力を使い切ると体がスリープ状態になるらしい。今後気をつけねば。倒れてから3時間ほどしか経っていないが、十分に睡眠を取ったおかげで魔力も回復したようだ。
俺の土魔法で、道が綺麗に舗装されたせいで、昼過ぎには宿泊予定地点のトーチに到着。道路脇に少し開けた広場と井戸がある。キャンプ場のような所だが、この世界ではこれでも高速道路のPAにあたる。近くにはローヌ川が道の横をゆったりと流れている。
ちなみに俺の作った道はこの広場の手前までで止まっていた。運よく人や建物に危害を及ぼさなかったからいいものの、冷静に考えれば冷汗ものである。それほど通行量が多くなかったからいいものの、旅の人や馬車はいきなり来た大規模な魔法にびっくりして、慌てて道路脇に避難するなど、一騒動あったとか。調子に乗ってしまって申し訳ない。
◆
 
今日の夕食はたき火を囲んでのチーズフォンデュ。寝床は俺とフミ用に大きめのテントが立てられていた。コザさんは馬車の中で寝るらしい。ふうむ。申し訳ない気持ちがする。
そしてそれ以上に、先程の失態の挽回がしたい。とりあえず、フミと夕食を食べている席にコザさんも誘う。
「そんな、魔導士様と同席での食事など……」
恐縮するコザさんの手を引き、俺のわがままで一緒に食べてもらうことにした。
ところがこのコザさん、料理の心得もあるらしく、慣れた手つきで食材を捌いて串に刺していく。若いころは料理人として長く修行していたらしいが、ひょんなことから伯爵に御者の才能を見込まれて働いているのだとか。コザさん自身は、今でも自分は料理人であり、いつか機会があれば存分に料理の腕を振るいたいそうだ。
「お恥ずかしい話ですが……」
と言いながら、よく手入れされた包丁セットも見せてもらった。今でも肌身離さず持ち歩いているらしい。
食事を終えて水を使おうと井戸に向かう。井戸は道を挟んで向かいにあり、ここからは少し離れている。試しにこちら側にも土魔法で地面に穴をあけてやろう。うまくすれば、もう一つ井戸ができるかもしれないな。
俺が、土魔法で地面をうがち、そのまままっすぐ深く掘り進んでいくと……。
ぷしゃー。
勢いよく水柱が吹き上がった。しかも煙がもうもうと立ち込める。熱っちい。水滴をなめると味は少し塩辛く、色は無色透明。
温泉か! 熱いが、冷ませば入れそうだ。俺の名誉回復にぴったりだろう。早速土魔法で源泉から少し離れた場所に広い湯船を造り、お湯をひく。1時間ほどで本格的な露天風呂が完成した。
コザさんとフミは興奮する俺を見やりながら、首をかしげている。そうか、君たちはこの温泉文化を知らないんだな。
フミには「まあ、見ててよ」と言いつつ、俺は裸になり、コザさんも一緒に入ろうと誘う。
「キャア!」
フミはびっくりして両手で顔を抑えた。いや見て欲しいのは、俺の裸じゃなくて、温泉のほうだからね!
お湯につかり、手足を思い切り広げる。馬車の旅と転倒で痛めた体が癒されていくようで、気持ちいい……。
「ぷはー。極楽極楽。コザさんも入りなよ」
渋るコザさんをせかして2人で湯につかる。
「どうですか。天然温泉ですよ、いいものでしょう」
「はい。話には聞いたことがありますが、最高ですね。温泉がこんなに気持ちがいいものだとは知りませんでした」
コザさんは人生初めての温泉に感動したようだ。
「フミもこの後、入ればいい」
「でも……」
恥ずかしそうにもじもじするフミのため、街道沿いとその両端はストーンウォールで壁を作ってやり、森の方だけを解放して、目隠しとして大きめの石を並べた。立派な岩風呂の完成である。
◆
「おーい、湯加減はどうだ?」
「はーい、ちょうどいいです」
温泉は源泉から湯船に溜まる過程で適度に冷やされ、広い湯船を満たす頃にはちょうどいい湯加減になっている。俺はフミが入っている間、あふれたお湯を引いて、足湯を作った。
次の日、朝食として源泉で野菜を蒸してみると、これが思いのほか甘くておいしい。特に根野菜は絶品だった。満腹した後、岩風呂の隣に、もう一つ同じような露天風呂を作った。
これで、男湯女湯の問題も解決するだろう。あふれたお湯は足湯からローヌ川に流れ込むようにする。朝食後に早速、男女に別れて朝風呂を堪能していると、いつの間にか昼過ぎになった。
外からガヤガヤと声がする。外から覗くと、どうやらトライベッカからサンドラへ向かう定期便らしい。
「うわあ、これ何? いつの間にできたんだろう」
「本当だ。この前来たときはなかったのになあ」
定期便の御者と思しき猫耳の少年とその父親がしゃべっている。この少年は父親について仕事を覚えている最中なのだろうか。他にもいかにも商売人らしい中年の人間の男2人組と犬耳母娘らしき者もいる。
「おーい、入っておいでよ」
見た感じ悪い人たちではなさそうなので、お湯を勧めてみる。温泉文化は無いようだが、何となく風呂ということはわかったようで、商人風のおっさんたちが入ってきた。
「ここ、本当に入ってもいいのか」
「ああ、どうぞ。こちらの旦那の手作りの温泉です」
コザさんが自慢げに答える。
「ええっ!本当ですか」
心なしかおっさんたちの言い方が丁寧になった。
「こちらの方は、大魔導士様なのですか」
「いやいや、しがない魔法使いです」
いくらほめられても俺はもう、うかつに調子に乗らんぞ。
「しかし、いい湯じゃなあ」
おっさんたちは満足そうである。
しばらくして、猫耳親子も入ってきた。少年は風呂自体、入ったことがないらしく、最初はおそるおそるだったが、すぐに慣れてはしゃぎ、お父さんに叱られていた。
フミが入っている女湯からも、犬耳母子の嬉しそうな声が聞こえる。皆楽しんでくれて満足だ。
「ところで、この先、サンドラ方面の街道が舗装されているようですが、いつの間に工事があったんでしょう」
猫耳のお父さんに話しかけられたが、「さあ、俺は寝ていたのでさっぱりわかりません」と、正直に答えておいた。
この世界の人には、温泉の入浴作法はほとんど知られていないようなので、出発前に、露天風呂の入り口に石版を立てて注意事項を刻んでおこう。それからコザさんの勧めで、『バランタイン領 無料温泉トーチ』と、下りでも上りでもよく見えるよう、街道沿いに2か所、大きな石碑に文字を刻んでおいた。こうでもしないと、勝手に商売にしてしまう輩が出るかもしれないのだとか。
出がけに皆に足湯もすすめて、俺たちは出発した。ここを旅する人たちが癒されれば、バランタイン領の評判も上がることだろう。バランタイン伯には、ここに温泉を作ったことを手紙に書いて、御者のお父さんにクラークさんまで届けるよう頼んでおいた。
それにしても無人とはいえ、男女2つの露天風呂と足湯を兼ねそろえた宿場ができ、俺は満足である。フミも「また、ここに来たい」と言ってくれた。
俺は御者台に座って調子に乗らないよう気を引き締める。馬車の速度に合わせて少しずつ道を整備していくことにした。石畳で綺麗に舗装された道を進むことができたため、予定よりもずいぶん早く、昼前にはトライベッカの街並みが見えてきた。
(四月咲 香月 さま より)
 




