第2章 第4話 旅路
俺とフミは馬車に揺られていた。バランタイン家の領地はここ商都サンドラから南一帯に広がる広大なもので、領都トライベッカまでは馬車で1泊2日の行程である。
俺たちの初仕事は、トライベッカの整備及び補修。特に石壁の大規模な補修が必要だそうだ。
サンドラからトライベッカに続く領内の街道もついでに修繕して欲しいということで、俺たち2人はバランタイン伯が用意してくれた馬車で移動しつつ、時折馬車を止めては道幅を広げたり地面を平らに直したりしていた。
何でも大規模なハリケーンが来た後だそうで、倒木や土砂崩れが多い。
俺たちが乗っているこの馬車は、サンドラとトライベッカを結ぶ定期便だが、俺たちの他には客はいない。バランタイン伯が俺たちのために貸し切りにしてくれたそうだ。
御者のコザさんは40がらみのスマートな紳士で、口数は少ないがこの道20年のベテラン。最も腕のいい御者をと、クラークさんがわざわざ俺たちの為につけてくれた。
フミは俺と一緒の旅がうれしいらしく、ずっとにこにこと笑顔だ。休憩時間は、お茶を入れたり、食事の用意を手伝ったりと、かいがいしく働いてくれている。
バランタイン領での作業は大掛かりなものになるそうで、生活の拠点もバランタイン領にして欲しいということ。俺とフミは、向こうに着いてからは、バランタイン家の屋敷に住むことになる。元々、俺たちは借家住まいなので、住むところに関しては大した問題はない。
昨日はギルドで借家の退去手続きを済まして、家具も道具屋に売払ってきた。
出発前にレインに挨拶しようと家に行ったが、あいにく留守だった。その代りギルドにレインからの言付けがあった。俺宛の手紙である。蝋で封がしてある。なにか重大な内容なのだろうか。
ところが封筒を開けると、白紙の紙。試しに軽く魔力を流してみると、よく分からない言葉が浮かんできた。
『迷わず行けよ、行けばわかるさ』
何これ? 紙や封筒をいろいろ調べたりしてみたのだが何もわからない。何かの暗号なのだろうか。
元の世界では、よく聞いたことのある言葉だが、この世界では、何か別の意味を持っているのかも知れない。フミやララノアに聞いても分からないと言われた。
「おそらく、レインさんのいたずらではないでしょうか」
フミはそう結論付けていたが、とにかく危険を知らせるような内容でもないため、迷わずに行くことにする。
俺は、ララノアにお礼を言って、手紙を丁寧に畳んで上着の内ポケットにしまったのだった。
◆
バランタイン領からトライベッカまでの道は、状態が悪いせいか、せっかくの馬車も、よく揺れてすこぶる乗り心地が悪い。先に道を舗装してから馬車で通った方が良さそうだ。
サンドイッチに紅茶という簡単な昼食を済ませると、俺はフミとコザさんに相談してみた。
「ここからしばらく、真っ直ぐな道が続くよね」
「はい、宿泊予定のトーチまでは、ほぼ真っ直ぐです。状態は悪いですが……」
申し訳なさそうにコザさんが答える。
「なら、先に舗装してから馬車でトーチに向かうのはどうかな」
俺の提案に2人は怪訝そうな顔をしている。
「ちゃんとできるかどうかわからないけど、まあ見ててよ」
街道に出て俺が右手をかざすと、道の凹凸がならされ、幅はたちまち7~8メートルに広がる。そして表面にはブロック状の石畳が浮き上がってきた。そのまま、前へ。
10メートルほど舗装して、一息つく。
「どうかな」
「すごい。さすがバランタイン様お抱えの魔導士様でございます」
「さすがはロディオ様です」
2人に褒められ、思わず調子に乗ってしまった。
「ふふふ。そうか。なら、これはどうだ」
心の中で、『限界まで行け!』と念じて力を籠める。体が中から熱くなり、地面から浮き上がるような感覚になる。魔力が右の手のひらからどんどん流れていくのがわかる。
街道は、まるで、壮大なドミノ倒しの様に、道幅が広げられ、舗装された道が真っすぐ先へ先へと延びてゆく。
その光景を見て、「さすが俺!」などと思ったのもつかの間、すっと視界が暗くなった。初めて味わう感覚である。
そして俺は意識を失った。




