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第2章  第3話 バランタイン伯爵

 屋敷の執務室。デュワーズ=バランタインは、ゆったりと椅子に腰を掛け、執事のクラークと向かい合っていた。バランタイン伯は、すらっとしたダンディーな中年の紳士。若いころはさぞモテたことだろう。


「ところで、今日で1か月ですね。彼の様子はどうですか」


「ギルドからもらった経歴に嘘はなく、仕事ぶりもまじめです。他の執事や使用人からの評判も良く、大変助かっております」


「ふむ」


「それどころか、今日の石壁の修繕や道の舗装は見事というほかありません。これほどまでの土魔法の使い手は、この街どころか国中探してもそうはいないかと」


 クラークの言葉を聞き、バランタイン伯は静かにうなづいた。


「……しかし、それほどまでの人物が何故うちに来てくれるのでしょうか。聞けば魔法学院で首席だったにもかかわらず、今は休学しているそうですね。よほど訳ありなのでしょうか」


「そこまではわかりませんが、能力的にも人間的にも信頼の置ける人物であることに間違いはございません。当家といたしましても、ぜひ手元に置きたい人材かと」


「わかりました。ぜひ彼を直接この目で見てみたいものですね」



 その頃、俺は若い執事に案内されて屋敷裏手の農場に来ていた。この一帯で最近作物が急に育たなくなったそうだが、見たところ土壌はそれほど悪くない。

 話を聞くとジャガイモを続けて植えていたそうだ。


 恐らくは連作障害だろうが、この世界ではそういった知識も普及していないらしい。

 俺は同じ作物は連続で植えないように言うと、作物の植わっていない土地を耕運機の様に魔力を込めて攪拌していった。

 土魔法と少しの風魔法を組み合わせつつ、魔力を混ぜ込んでいるだけなのだが、こうすると作物がやたらはやくおいしく実るのは、フミの家庭菜園によって検証済みである。


 一仕事終えて、屋敷の不用品を荷車に積み、玄関に向かうとフミが迎えに来てくれた。


「ロディオ様」


 フミはそう言って俺の上着の裾をぎゅっと握った。どうやらフミは伯爵という、身分の高い人に会うということで緊張しているようだ。


「そんな緊張することないよ」


 俺はフミの頭を軽くなでながら2人で伯爵の執務室に向かった。



 クラークさんに案内されて俺たちが部屋に入ると、バレンタイン伯爵はかけていた丸い片メガネを外して立ち上がり、両手を広げて迎えてくれた。


「よく来てくれましたね。さあ、2人ともおかけになってください」


 俺たちは2人並んでソファーに座った。ふかふかである。


「さっそくですが、ロディオ君。ここでの仕事は気に入ってくれましたか」


「はい、クラークさんをはじめ皆さんにはとてもよくしてもらっています」


「それはよかった。何かあったら何時でもクラークに言ってください」


「ありがとうございます」


 バランタイン伯は、満足そうに微笑むと、すっと片目を細めた。


「ところで、君のことを少々、調べさせてもらいました。確か……魔法学院の首席だったとか」


「はあ」


「ではなぜ、学校を休学して働くようになったのですか?」


 俺は、転生したのかも知れない件は伏せて、後はすべて正直に話すことにした。


 半年ほど前に高熱を出して寝込んだこと。目を覚ますと今までの記憶を失ってしまっていたこと。その後、家に借金があることがわかったこと。生活のためにそれまで住んでいた屋敷を売り払い、学校を休学して働いていること。フミはずっとメイドをしてくれていて、借金返済後も一緒に働いてくれていることなどを話した。


「ほう、記憶を失くしたということですが、魔法は覚えているのですか」


「今、少しずつ思い出しながら、練習しているところです」


「では、どれくらい魔法を使えるのですか」


 どうやらこれが本題の様だ。俺は隠さずに正直に話す。


「火・水・風の魔法はそれぞれ初級までなら扱えます。土だけは上級までなら使えますが、攻撃魔法はほとんど使ったことがありません」


「ほう、土魔法で上級を……さすが魔法学校の首席だっただけのことはありますね」


「フーミさんはどうですか。その黒目だ。魔力もかなりのものだと思うのだが」


「はい。私は、あまり専門的には学んではいませんが、毎日家事に必要な魔法は使っています。火・水・風・土の魔法をそれぞれ初級までなら使えます」


「むう、なるほど……素晴らしい!」


「ではロディオ君。君にはもう借金もないのですね。学校にはいつ復学するつもりですか?」


「正直、当分は復学する気はありません。生活費が必要ですから。休学は授業料免除で籍だけ置いてくれるらしいので、当分は休学してゆっくり働きたいと思います」


「ふむ」


 伯爵の口元から笑顔がのぞく。


「突然だが2人とも当家の専属で働く気はないでしょうか」


 いきなりの申し出に固まる俺とフミ。


 伯爵は笑顔で、後ろに控えるクラークさんを呼んだ。


「クラーク」


「かしこまりました」


 クラークさんは素早く俺たちに一枚の紙を差し出した。


「給与は手取り月40万アール。完全週休2日。能力に応じて昇給あり。別途、出来高に応じた特別賞与あり。ボーナス夏冬年2回。年間6か月分。住居または家賃補助100パーセント。食事完全支給。各種手当もございます」


クラークさんは契約書を見せながら、俺たちに説明してくれた。


「もちろん、仕事上で必要なものは全て経費として認めます。1日の労働時間は9時間拘束以内で実働8時間以内。それ以上の労働が発生すると、時間外労働として、正規の1.5倍の賃金が支払われます。この条件でいかかでしょうか」


 さらに、クラークさんは続けた。


「伯爵家のお抱え魔導士としてのスカウトです。現在、当家にはロディオ様程の強力な魔法使いはいませんので、もし来てくだされは、ロディオ様は当家の筆頭魔導士ということになります。フーミ様は筆頭魔導士補佐として、月25万アールから。その他の待遇はロディオ殿と同じ条件でよろしいでしょうか。もちろん、お2人とも毎年のベースアップをお約束します」


 ……ごくり。とてつもないいい条件である。この世界で伯爵家に仕えるということは、元の世界では地方公務員への就職に相当する。共和国の魔法騎士団と比べても、社会的なステータスで引けを取らず、労働条件はそれ以上かも知れない。


「ありがとうございます。夢のような好条件です。ですが、私はお金や出世よりのんびりとした生活を好みます。是非お世話になりたいのですが、筆頭魔導士というのは……」


 そう。俺は、可能ならより責任の少ない立場で気楽にのんびり働きたいのだ。


「おお。やはりロディオ殿は無欲な方の様だ。将来は私の右腕として領内だけでなく、国政にも参与できるかも知れぬというのに。なあ、クラーク」


「はい。私もてっきり、報酬の上乗せかと思いました」


「いやいや、そんなのは別にいいです。俺は、フミと2人でのんびりしたいです」


 思わず変なことを口走ってしまったが、もう後の祭りである。


「……そんなあ。私なんて」


 フミが両手を胸に当てて、恥ずかしそうに上体を捩り、ほんのり上気させた顔を伏せる。


「……ほう」


 伯爵と執事はにこにこと俺とフミを見比べる。


「ロディオ君、フーミさんを大切に」


「はい、そうですとも」


 ……やっちゃったよ、おい。きっと、メイドに手を出してるとでも思われたに違いない。


「と、いうことは、ロディオ君。我がバランタイン家の筆頭魔導士としての、責任は問わないが、権限を与える仕事だけならいいということですよね」


「あ、そ、そりゃ……は、はい……」


 俺の煮え切らない返事に微笑む伯爵。


「わかりました……。と、いうことは、つまり、お二人とも、そのような条件なら、我が家に来ていただける。そういうことで、よろしいですか」


「…………」


 俺としては頷くしかない。



「では、契約成立です!」


下手な言い訳もできず、それぞれ別の意味で、恥ずかしくて顔を真っ赤にさせた俺とフミが、雇用契約書にサインし終わるのを見届けて、伯爵が口を開く。


「ではクラーク、早速あの件を」


 その後、俺とフミは、クラークさんから魔導士としての初仕事の中身を聞くことになったのだった。



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[一言] 「ありがとうございます。夢のような好条件です。ですが、私はお金や出世よりのんびりとした生活を好みます。筆頭魔導士として、大きな責任やプレッシャーを抱えるのは勘弁してください」 これってど…
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