第13章 第11話 覚醒 その2
「がちゃっ」
眠い目をこすりながらドアを開けると、そこに立っていたのは、涙目のサドル。俺はサドルの変わり果てた姿を見て、腰を抜かしそうになった。
「い、一体、何がどうなったんだ」
「一晩で生え変わったっす」
目に前に現れたのは、大量の抜け毛を抱えた、黒髪のサドル。しかも、よく見ると、瞳は黒目!
「目の色も、さっき鏡を見たら黒に変わってたっす」
◆
要するに、サドルに大量の魔力が宿ったという事だろう。今までは、知識だけで使えなかった魔法の行使が可能になったに違いない。しかも、髪も瞳も俺より黒々としているように見える。
俺たちは朝食もそこそこに、レインの家へ行くことにした。あの広い庭でなら、誰にも迷惑がかからず、思う存分、魔法の試し打ちが出来るだろう。
俺たちは、足早に現地まで到着すると、早速サドルの魔法を試してみることにした。
「どうだ、本当に魔法は使えそうか?」
「何だかいけそうっすよ~!」
サドルはそう言うと、上級魔法を連発。しかも、風、火、水、土と盛大に魔法をぶっぱなし始めた。
巨大な竜巻や火柱、水柱、石柱が次々と現れた。基本4属性の上級魔法の連発で、レインの家の庭は、瞬く間に、凄いことになっている。
俺もしばらくの間、あまりの迫力に茫然としてしまった。
「……お、おい、もういいぞ!」
いくら私有地とはいえ、これ以上続ければ、騎士団に通報されそうである。
「お前、ひょっとしてサイドが使ったとかいう、異世界から人を転生させる魔法も使えるのか?」
「それは無理っす」
「そうか……」
俺はがっかりしたような顔をしていたのだろう。少し慌てて、サドルはフォローするように付け加えた。
「あれは、サイドが編み出したオリジナルなやつで、本人しか使えない代物っす。大体、例え使いこなせたとしても、あんな自分の寿命を引き換えにするような魔法なんて、今は使う気はないっすよ」
高齢だったサイドの残りの寿命は10年と少し。異世界から呼び寄せたレインや、巻き込まれた俺の魂も、10年しかこの世界に留めておくことができなかったという。
「じゃあ、どうして、失敗したらやり直せるんだ」
「もともと転生者をこの世界に留めておけるのは、サイドの余命からして10年程度だったっす。やり直しができるのは、サイドの偉大さっすね。そんな、大魔導士、歴史上探してもいないっすよ」
そう言うと、サドルは、もふもふ尻尾を揺らしながら胸を張った。いや、サドルがすごいわけじゃないだろう。何でお前が威張るんだ。
「なら、どうして成功したら、そのまま、生きられたりするんだ」
「成功して多くの魂が救われると、サイドの子孫が助けてくれるらしいっす」
要するに、サイドはレインを転生させたものの、この世界には10年しか留めておくことができなかったということか。ただし、3回繰り返すことができたので、合計30年。
代償として、自分の余命を10年使ったが、偶然巻き込まれた俺にも、10年の3セットにわたる転生が適用されたようだ。
そして、もし、うまくいけば、例えループの途中であっても、生き残った未来の世界の自分の子孫が、未来から助けてくれるだろうというのは、極めて楽観的で、どこかご都合主義にもとれる言い草である。
何だかよくわからないが、まだ、俺には聞きたいことがある。どうして、サイドは、自分の命を削ってまで転生魔法を使ったのか。
サイドは、悲惨な未来を予期し、人々を救うために自分の命を使ったのだろうか。もしそうなら、こう見えて実は、偉人として教科書に載るくらいの立派な人だったりするのではないのだろうか……。
「え? 違うっすよ」
「何?」
「サイドは、未来の大戦と、その後の戦乱で、自分の家系が全員、死んで途絶えるのが嫌だったらしいっす」
……。
「それから、腰が痛くて、満足に歩けそうもないから、将来寝たきりで過ごすより、さっさと寿命を使い切って、意識だけ飛ばした方がましだったそおっす」
「要するに、自分の体にさっさと見切りをつけたらしいっすね」
お、おい、待て……。
「確かに残りの命を使って、他の若い者の魂の中に自分の意識を飛ばした方がましっすよね」
「いやー、サイドは頭いいっすねー。尊敬しちゃうっす!」
え……サイドが残した日記には、私利私欲だけで異世界から召喚したのではない。と、書かれてていたんじゃなかったのか……。
「はあ? ばかっすか。誰が見るかもわからない日記っすよ。そんなの、本音なんて、書けるはずないじゃないっすか」
そう言って、俺を小ばかにするように、上から目線で薄ら笑いを浮かべるサドル。
……何だよ! お前は、実は私利私欲まみれじゃねーか! 一瞬尊敬しかけて損した。
全くふざけた話だ! だが、しかし……。
俺は、巻き込まれたおかげで、充実した生活を送ることができているのは事実。
そして、せっかくだから、このまま楽しい生活を送って人生を全うしたいし、できるなら、この世界の人たちを救いたいとも思っている。
何か、サイドの掌の上で踊らされているだけのような気もするが、深くは考えないでおこう。
様々に考えを巡らした結果、俺は振り上げた拳を、そっと下ろすことにしたのだった。
 




