第2章 第2話 伯爵家 ☆
ギルドの仕事も貴族相手のベビーシッターが軌道に乗り、顧客もついた。給料は今現在、2人合わせて手取りで月50万アール程度。1日およそ8時間労働という、かなりホワイトな生活である。
先月からは、街の郊外にあるバランタイン伯爵邸での仕事が入っている。伯爵家は、アルカでも一番の大貴族で、広大な所領を持ち商売も手広くしている。ここ最近、俺たちの一番のお得意様でもある。
フミは子どもが大好きで、2人の小さな女の子を上手にあやしている。俺はというと、使用人に混じって、敷地内の石垣の修繕。得意の土魔法で軽く直してみると、使用人たちから「おおー」と、ため息にも似た感嘆の声が漏れた。
その後は若い執事に案内されて、門から屋敷までの石畳を水魔法で高圧洗浄。最近、ようやく水や風や火といった土魔法以外の魔法も使えるようになったのだ。レインとフミのおかげである。
時間があるのでサービスで屋敷から大通りへと続く小道を広げ、石畳で舗装しておいた。魔法が使えない使用人でもできそうな細かな仕上げはあえてしない。
バランタイン家の使用人たちは、砂利で簡易舗装された道が広がって伸びていき、その後、表面がレンガ状の石で舗装されていく様子を口をあんぐりさせながら見ていた。
「ふぅーっ」
だいぶ細かい操作もできるようになってきたが、やはり土魔法は魔力を使うな。確かに人力なら10人以上で数日かかる仕事を、1人で数時間のうちにしているのだから当たり前と言えば当たり前か。きりのいいところで一休みしよう。
魔法は、あまり使いすぎると使用人たちの仕事がなくなる。魔法が使えない人たちが働きやすいように魔法を使うことを心掛けている。おかげで彼らとの関係も良好だ。
お昼はフミと一緒に2人でごちそうになる。庭の芝生の木陰に座ると、そよかぜが気持ちいい。俺たちは、筆頭執事のクラークさんから頂いたパンとスープを頂くことになった。
クラークさんは俺たちにやけに好意的に接してくれる。最初は俺とフミを見て、若い夫婦が手を取り合って、働いているのだと思っていたそうだが、魔法学院の生徒とそのメイドだと話すとびっくりして、より親切になってくれた。
うーん。うまい。さすがは伯爵家の食事。軽食とはいえ、お抱えシェフの手によるものに違いない。
「ちょっと。そのままにしていてくださいね」
俺の口元についたソースをフミが紙ナプキンで優しくぬぐってくれた。第三者から見れば、まるで嫁である。
「さあ、ロディオさん、フーミさん、お茶のおかわりをどうぞ」
今日はクラークさん自ら俺やフミにハーブティーを注いでくれた。伯爵家の筆頭執事が俺たちなんかにここまでしてくれていいのだろうか。
「いやいや、クラークさん、こんなにしてもらって申し訳ないです」
「いえいえ、私も他の使用人も、大変助かっています。それにこの給料でこの働きでは、こちらも逆にロディオさんとフーミさんに心苦しいのです。ギルドを通しての仕事ですから、表向きには給料を上げられなくて申し訳なく思っています」
俺は元の世界で、アルバイトをしていた時なんて、オフィスで働くサラリーマンやOLから、まるで自然物を見るような目で見られていたことを思い出した。だから自分が社会人になってからは、バイトやパートの人にも親切にするよう心掛けていた。あの時のサラリーマンやOLに比べて、クラークさんは本当によくできた執事である。
「それでは、午後は裏手の農地を耕した後、不用品を引き取って、5時にフミとお暇しますね」
食事を終えた俺が声をかけると、クラークさんが、申し訳なさそうに、答えてくれた。
「今日は4時半であがっていただき、その後、執務室までお越しいただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「いいですよ」
「お館様が是非お2人にお会いしたいとのことです」
バランタイン伯爵の用事って何だろう。魔法に関することかな。俺はあまり深く考えず、フミと別れて屋敷の裏手に広がる広大な農地に向かった。




