第12章 第14話 ケーニャ
私はケーニャ。ユファイン公国にて、ご領主であるロディオ様のお屋敷にて、メイドを務めさせてもらっています。
今日はお仕事はお休み。しかも久々の3連休ということで、親友のミーちゃんを誘って、初めて『七の湯』の宿泊プランを予約したのです。何でも今回、『七の湯』初の、花火イベントがあるとか。
◆
きゃっ、ミーちゃん、やめてよ~。
この日、私たちは、女2人でひとしきり、プールサイドではしゃいでいました。
私がロディオ様の元に正式にメイドとして雇われ、しばらくすると、ミーちゃんもやってきたんです。そして、この日は、めずらしく、2人のお休みが重なったので、思い切って贅沢に過ごすことにしました。
ミーちゃんは、幼馴染で私の大親友です。今日は2人とも思い切って、大胆な紐ビキニ。少し覚悟がいったけど、2人でなら大丈夫。男の人からナンパされたら、ど、ど、どうしよう……。
……はい……。
そうよね……2人とも、薄々わかっていました。
だって……。
私たちみたいな幼児体型の女の子が、男の人から見向きもされないなんて……なんて、最初からわかってたもん!
私たちは、2人で寂しく、プールバーのカウンターで、カクテルを注文。バーテンダーですら、この時間は、女の人なのですね。
楽しみにしていた花火イベントは、それはそれは素晴らしかったですが、女2人だと、余計にむなしさが募るばかりです。しかもカップル率が異常に高いのです。
男連れのハイレグエルフたちからの視線が痛いです。何か私たちの事を見下しているみたい。あれは絶対に上から目線です。
そりゃそうよね。8等身の私と、つるぺたなミーちゃんがいたって、男の人は、誰も見向きなんかしないよね。
紐ビキニで気合を入れてきた自分たちがむなしくて、何か悲しくなってきました。ですが、この後すぐに、一世一代のチャンスが私たちに舞い降りたのです。
「ちょっと、よろしいでしょうか」
「「は、はい!!」」
私たちに声をかけてきてくれたのは、すっごくかっこいい男の人の2人組。2人とも自然に私たちの横に座り、スマートにお酒を注文されました。
「ステア様、よろしいのですか」
「当たり前だろ! 何だよあいつ……ロディオに結婚相手を紹介しろなんて言ってたらしいじゃないか!」
「しかし、もう飲みすぎなのでは……」
「いんや、まだ足りん。そこのお美しいお嬢さんたち。俺の寂しい心を慰めてはいただけませんか」
「「きゃあああ!!」」
何、このイケメン。しかも何やら女の人のせいで傷ついていて、私たちに癒しを求めているみたい。
こ、これは、これは! 今晩、ワンチャンいけるかも!
「何やってんだステア。グランも2人そろってナンパでもしてんのか?」
……。
「きゃーーーっ!!」
やって来られたのは、何とロディオ様! 水着姿も素敵です!
「おっ、ケーニャか。久しぶり」
ロディオ様が、私の名前を憶えていてくださっていた。ミーちゃんの視線がうらやましそうです。ごめんね。
「ケーニャ、フミたちに酷いことされていないか?」
心配そうな顔をして、私のことを気遣ってくれるロディオ様。そ、そんな私の横に来て、囁くように言わないで。私もう、ロディオ様のお優しさにくるまれて、意識が保てそうもないです……。
……私もう、死んでもいいかも。
「せっかくだから、5人で飲もう」
私たちは、その後、夢の様な楽しい一時を過ごしました。夢なら覚めないでいてほしいです。
ふと我に返って周りを見回すと、ハイレグエルフたちが私たちの事を睨んでいます。
はは~ん! そりゃそうよね。今、このユファインで、間違いなく一番モテているの女の子は、いつも肩で風を切っているあなた方じゃなくて、私たちなんだから!
私の人生で、こんなに勝ち誇ったことはないです。
そして……。
はっきり言いましょう。
生きてて……いや、ユファインに転職して、本当によかったあ~。
「あっ、ロディオ様、こんな所にいらしたのですね……」
意識の最後に、こんなフーミ様の言葉が聞こえたように思う……。
◆
……で、でもどうしてこうなったんだろう。
私の前には、眉間にしわを寄せ、血管ブちぎれそうなフーミ様。そして左右には、ララノア様とソフィ様……。
正直、この世で一番恐ろしい3人がいる。天国から地獄とはこのことだろう。
「で、ケーニャ、これはいったいどういうことかしら……」
正直、私はほとんど覚えていない。唯一覚えているのは、ロディオ様の唇の感触だけ。あれ、季節的には大丈夫なはずなのに、どうしたんだろう。
私が正直に話すと、フーミ様は、豪奢な椅子から立ち上がろうとなさり、それを左右からララノア様と、ソフィ様が必死でお押さえになる。
そんな時、いきなり部屋のドアが開いた。えっ、びっくり! ミーちゃんが部屋に転がり込んできた。
「すみません!」
そう言うと、ミーちゃんは、フーミ様たちの前で土下座する。
「私もその場にいました。ケーニャちゃんが悪いなら、私も同罪です!」
「控えなさい!」
鋭く発せられたフーミ様の言葉に、凍りつく私とミーちゃん。
「まったく……ロディオ様もロディオ様です。メイドにあんなことをされているにもかかわらず、許してやって欲しいなど……」
「そんなお優しい所が、ロディオ様の魅力の様な気がします」
「私もそう思いますわ。ロディオ様に優しく抱きしめられたら、何もかも許してしまいますもの……」
顔を赤らめて、恥ずかしそうに身をよじるララノア様とソフィ様。
「コ、コホン……」
フーミ様も、少し顔を赤らめつつも、わざとらしく咳払いを一つなさった。
「た、確かに、ロディオ様にはそんな所があるかと思います。そ、それは、私も認めます。で、ですが、この度のことは……」
私はこの時、初めて部屋の隅の、しかもフローリングの板の上で正座しているロディオ様に気付いた。
えっ、これって、もしかして、私のせい?
「ケーニャ。今回の事は、ロディオ様が許されていますので、不問とします……」
「ですが、ロディオ様! 用心していて襲われたのなら、私たちも責めたりいたしませんが、今回の事は……」
言葉を区切って、ぎろりとロディオ様を睨むフーミ様。
「ロディオ様の不用心からきたとされても、仕方がないですよ! しかも、国政を預かる筆頭執事がいながら、何たる体たらく!」
……すまん。
俺の横で、グランも正座させられているのである。連座制とでもいうのだろうか、俺からは、この完璧執事に、もはやかける言葉すらない。
「……あの、ステア、ステアはどうなった?」
「当然、バランタイン侯爵様にご報告差し上げました。侯爵様は大層ご立腹で、トライベッカでお見合いを全てこなすまで、外には一歩も出さないと言われておられました」
……要するに、よりによって、ケーニャとミーが、たまたまステアたちの、どストライクだったことが、今回の不幸を招いたのかもしれない。




