第1章 第12話 フミ目線 ☆
後日、俺がフミから聞いた話は、およそこういったものだった……。
あの日、学校から帰ってきたロディオ様は、玄関で倒れ、そのまま高熱を出して眠ってしまった。私はびっくりして、医者や治癒魔法の手配をしたが、予約が立て込んでいて3~4日かかるという。薬草を飲ませはしたが、ロディオ様の容態は変わらない。そのまま3日3晩うなされていた。
ところが、4日目の昼、ロディオ様の部屋から声が聞こえた。慌てて部屋に駆け込むと、ロディオ様はベッドの上で上体を起こされていた。よかった。意識が戻ったんだ。
嬉しくてロディオ様に抱き着いて、大好きなにおいをいっぱい嗅いだ。よかった。元気だ。私は昔からロディオ様のにおいを嗅ぐと安心する。最近は特に嗅覚が鋭くなってきたみたいだ。
すーはーすーはーして、気持ちを落ち着かせていると、急にロディオ様に引きはがされた。何か私に若干引いている?
目覚めたロディオ様はすっかり元気になられたが、その代わり、今までの記憶をすっかり失われてしまったようだ。
ご自身のことも、そして、私のことも……。
目を覚ましたロディオ様は別人のようになってしまっていた。まるで誰かと入れ替わったみたい。だけど決して嫌じゃない。人は死にそうな目に合うと人生観が変わることがあるという。ロディオ様は、記憶を失うくらい大変な目にあったのだから、別人みたいになってもおかしくない。それに料理の味付けの好みや優しいところは全く変わってないし。
それにしても、腹立たしいのは、あのララノアとかいうギルドの受付。ロディオ様に対して事あるごとにボディタッチを繰り返すわ、困ったふりをして、両手で口元を隠しつつ、下から見上げるようなあざといポーズを取るわ、ロディオ様の前でだけ、ぶりっこ口調になるわと、やりたい放題。あのエルフ、いやエロフは要注意だと思う。
でも、さすがはロディオ様。レインさんのおかげもあるけど、見事借金を完済してくれた。おかげで私も奴隷として売られることはなくなった。ワイバーンの討伐でもらったお金は、ギルドに返済した残りのほとんどをレインさんにもらってもらった。
レインさんは3等分してもいいと言ってくれたので、少し惜しい気もしたけれど、レインさんが探している魔導書がとても高価な物らしく、そのことを知っていたロディオ様が、無理に受け取ってもらうことにしたそうだ。
今回、これだけのワイバーンの討伐は、ギルドでも前例がないらしく、レインさんはAランクへ。私とロディオ様も希望すれば特別にCランクになれるそうだが、ロディオ様は断って、Eランクのまま。下手にランクを上げると、危険な仕事が増えるのが嫌らしい。
しばらく魔法の練習をしつつ、貴族相手のベビーシッターで生活費を稼ぐそうだ。私も、ドラゴン退治より、子供の世話の方が楽しいので良かった。
ただ何か、昨日からロディオ様の様子が少し変だ。明日は仕事を休みにして、一人で出かけるという。いつもは私と一緒なのになぜ?
ロディオ様はレインさんの家に行って魔法の練習をすると言われたが、胸騒ぎがする。悪い予感だ。心配だからこっそり後を付けていこう。
◆
「ロディオ様!」
「はい」
「はいじゃありません!」
俺は、リビングの床の上に正座してフミに叱られていた。
「なんで嘘をついてまで、あんなことをされたのですか!」
「いや、だって……」
口ごもる俺にフミはぴしゃっといつもの決め台詞。
「もし、ロディオ様に何か間違いでもあれば、フミは、亡き奥様や旦那様に何と申し開きをしたらいいか!」
「いや、ごめんな。フミが嫌がると思ってさ」
「なら、こんな事、しないでください」
目に大粒の涙を浮かべるフミ。
「ララノアには世話になったし」
「それはあくまで仕事上の事です。便宜を図るのをよいことに、ロディオ様を我が物にしようなど、職権乱用。言語道断!」
「いや、そこまでの事じゃないと思うけど……」
俺は、本当にレインの家に行って魔法の練習をした後、ララノアの買い物に付き合った。その『お礼』ということで、カフェに入ってパフェを食べさせ合い、大きなグラスに入ったハーブティーを2つのストローで飲んでいたとき、何故か店の中にフミが飛び込んできたのである。
フミは俺たちを見つけて号泣。周りは人だかりができて大騒ぎ。俺はララノアと別れて、泣きじゃくるフミの手を引いて帰宅。周囲の視線が痛いです。
……そして俺は、家に帰って少し落ち着いたフミに正座させられているのだった。しかしどうして、ここまで叱られなければいけないのだろう?
「あのさあ、確かに俺たちは、2人で買い物してカフェに行ったけど、それだけだぞ」
「俺たち!」
ムキー! とフミの怒りに余計に油を注いでしまった。
「わかりました。本当はずっと内緒にしたかったんですが、説明します」
フミは最近、増々嗅覚が鋭くなり、においでその人の気持ちがある程度わかるようになってきたそうだ。単純な喜怒哀楽だけでなく、男女が互いに発する好意なんかもわかりだしたのだとか。
「昨日からロディオ様は、何故かそわそわしておられました。心配して後をつけてみるとレインさんの所で魔法の練習。街に戻って来た時に、安心してそろそろ声をかけようとしたところ、あのエルフがいたじゃないですか」
「2人でいちゃいちゃ買い物をしながら、あのエルフはロディオ様に好意をまき散らしつつ、ボディタッチしまくりでしたよね」
腕組みをしながら、俺を見下ろすフミ。
……げげっ、家から尾行していたのか。
「そして、カフェに入ったかと思うと、エルフの下心に満ちたにおいが、表の通りにまで漂って来ました」
何ですと! フミ、それはもう、嗅覚と言うより、チートスキルですか?
「私はロディオ様を救出すべく、店に踏み込みました。ところがロディオ様からも、エルフに向けての好意が漂ってきたんです」
……。
「もし、ロディオ様に何か間違いでもあれば、フミは、亡き奥様や旦那様に何と申し開きをしたらいいか!」
◆
確かに、プライベートで初めて会うララノアは、掛け値なしの美少女だった。今まで、仕事上の付き合いとして、俺も少し引いた感じで接してきたのだが、今回は……。
……はっきり言って、とっても可愛らしかったです。
いや、俺は逆に問いたいと思う。色白の肌に深緑の瞳が俺一人の為に瞬き、控えめな態度にして、顔を耳まで赤らめつつ、俺のことを上目遣いで見つめてもじもじしている華奢な20歳の美少女ハーフエルフ。そんなのを目の前にして、正気を保てる男性がいますか? 信じられないことに、華奢な彼女のちっぱい8等身は、この世界では、“美人”の基準から外れているらしいが、俺の中では、どストライクです。
俺は、そっと抱き寄せて口づけしたくなる衝動を抑えるのに、かなりの精神力を要していたのである。
……。
結局、俺はその日、一晩中正座でフミに叱られ続けられるはめになったのだった。
(糸 さま より)




