第11章 第4話 総領事館
ユバーラの開発は着実に進み、ソフィの支店も開業準備が進む。
街が整ったのを見計らい、ダグは周辺の各種族の長を召集。盟主、ハウスホールド王からの呼びかけだけあり、多数の種族が瞬く間に集結した。エルフや山エルフ、ドワーフやホビット、猫耳、犬耳、狐耳だけでなく、狼や虎のような、初めて見る獣人さんたちもいる。
ダグの話によると、もともと無料の足湯だけでなく、今から一週間、建設中の温泉ホテルと併設するレストランも出来る限り無料開放するそうだ。そこで利用者の意見を聞きつつ、ハウスホールドに対する各種族の好感度を上げたいらしい。
ユバーラの街は、ハウスホールドが動員できる最大の人員を投入し、完成まであと1か月。それに先立ち、会議では各種族の総領事館の割り当てと、ユバーラから各地を結ぶ街道の整備計画が話し合われた。
このような会議は、ハウスホールド主催で今までも不定期に行われており『全人会議』と呼ばれているそうだ。
亜人たちからすれば、ハウスホールドが自前で空白地帯に都市を造り、自分たちがいる場所からそこまでの街道を整備してくれるため、文句をつけようがない。議論の中心は、各城門から伸びる街道をどのようにつけるかにかかっていた。
例えば、ユバーラ東門から伸びる予定の街道の先にあるのは、山エルフの複数の里に、ハイエルフの集落もある。
他種族を見下しがちなハイエルフからすれば、山エルフなど無視して街道は自分たちの所領に直結させるのが当たり前だと考えていたし、実際に会議でも口火を切ってその旨を主張したのだが、エルビンに一喝されたそうだ。
「ユバーラ東部の最大勢力はどこか」
……。
と、いった調子で、各方面の最大勢力に向けて、東、西、南と、街道が整備されることとなる。ちなみにこの街道の敷設に伴う費用や手間は、ハウスホールドが受け持つ。文句があるなら、街道に自分たちで道をつなげればいいだけだ。
さすがはダグ。すばらしい賢王ぶりである。俺は一瞬、そう思ったものの、冷静に考えてみると……。
……その街道を造るのは、結局、俺たちか?
そんな訳で、俺たちは会議後、一週間かけて街道整備。俺たちもいい加減面倒くさくなって、途中からは、街道の建設予定地をすべて立ち入り禁止にして、ユバーラから各方面に、土魔法を全力でぶっ放ち続けてやっただけなのだが、十分な仕上がりだったらしい。
「義兄上様、ありがとうございました」
ユバーラに通じる全ての街道が完成した翌日、ダグがエルビンを伴って現れた。俺が街道整備していた間も、ボアたち精鋭土建部隊は、農地の攪拌と、農道や用水路の整備に従事してくれており、すでに完成したようだ。
本来なら数年はかかる工事を僅か2か月、しかも滞在費以外、無料で仕上げたことになる。今回はダグに恩を売っておこう。
「ダグリューク」
「はい、姉上」
「あなたは、ロディオ様に感謝するように。そしてこの恩を忘れず、いつか返しなさい」
「……ははっ」
いや、俺は結構楽しかったし、ダグは何も恩に着ることなんてないからな。それより覚えているよな、俺たち4人でまた遊ぼうな。
◆
ユバーラの街でひときわ目につく、大きな総領事館。ここは他所に比べ、倍以上の威容を誇っている。聞くところによると、ブルームーン王国の大使館らしい。この国は、南方の島々を統べる歴史ある王国だそうだ。
かつて、南方諸島は、戦国時代の混沌にあった。今から1000年前の大乱により、小国が乱立。互いに争った中、およそ500年ほど前に、ブルームーン王国によって統一されたそうだ。
人口百万人以上の大国だが、今の政権は、国内を掌握しきれておらず、権力基盤が弱いそうだ。
大陸の勢力に対しては、沿岸部に住む獣人族を通して、ハウスホールドとのみ交流がある。今回のユバーラ建設に対して、これほど大きな総領事館を置くことから考えると、国内の権力基盤を強化するため、よっぽど大陸との結びつきを強めたいのだろう。まるで元の世界における、4世紀頃の大和王権のようだ。
ブルームーンの関係各所に出入りしている人種は、ばらばらである。ケモ耳の各種獣人たちだけでなく、エルフに人間と多種多様。だが、どことなく他国のそれとは違う。
元々は、各島に一種の獣人たちが住んでいたのだが、そこにエルフや人間が、島流しや、政治亡命によりやってきた。今では各人種が入り交じり、ブルームーン王国の人々はほぼ全員が混血らしい。
俺は、そんな建設途中の外国の総領事館を眺めながらダグと立ち話をしていた。
「なあ、ダグ。ユバーラには、人族の大使館がないよな。ウチもバランタイン侯と相談して、造りたいんだが、いいかな」
「義兄上、ありがとうございます」
アール公国に報告し、すぐに総領事館の基礎工事にかかることになった。体面を考えて、アール公国の敷地は、ブルームーンより少し大きいくらい。ユファインは少し小さいくらいの規模にしておこう。
ただ、総領事館を建てるとなると、そこのトップには、その地において、領主と同程度の権限を与えなければならない。今、ウチの領地にそんな人材がいるだろうか……。
まず、グランは手放したくない。俺は彼に絶大な信頼をおいており、俺が国外で気ままに過ごせるのも、グランのおかげである。次にソフィだが、彼女は、執事に加えてメイドの元締め。更には商会のトップとして大忙し。フミは俺の側に居る時以外は、教会の仕事で埋まっているし、ララノアにしても、ギルドの仕事が忙しい。
ギルドでは、ユファインの開設に伴って、ハープンさんがギルド長になったものの、彼が小さな一地方のギルド長としていられたのは少しの間。
今や、ユファインに加え、ダブルウッド、シーバス、ボウモア、ハウホールド、ユバーラのギルドを統括する大支部長になってしまった。今後、更に南方に支部が出来たとしても、そこはすべてハープンさんの傘下に入るらしく、今では世界のギルド業界の中でも指折りの大物になっているそうだ。
当然、そんなハープンさんの右腕となっているララノアも、各地で新設されたギルドを飛び回る日々。本人はすぐにでも辞めて専業主婦になりたいそうだが、状況がそれを許してくれない。
サドルは今だ修行中の身。グランの不在中に代わりが務まるようになってきたが、まだ大役を任せるには早すぎる。本人なりに精一杯頑張っているのに、これ以上、仕事上のプレッシャーを与えるのも良くない。できれば、経験豊富な年配の人材が必要なのだが……。
悩んだ挙句、俺は、総領事としてコザさんを任命することにした。本人は恐縮して遠慮するだろうが、将来、コザさんが引退したら、跡継ぎに息子さんを指名するつもりですと言うと、納得して引き受けてくれるだろう。自分の仕事が、将来我が子に引き継がれると思うと、気の持ちようも違ってくると思う。まだバランタイン侯爵には話していないが、いいんじゃないだろうか。
活気あふれるユバーラを後にして、俺たちは久々にユファインに帰ったのだった。




