第10章 第6話 戦後処理
和平交渉の結果、バランタイン領のアール公国と俺たちのユファイン公国の樹立が国際的に認められ、アルカ共和国は崩壊。国としての財産や債券は、アール公国が正式に引き継ぐこととなった。これに伴い、アルカの貴族たちは、一様に多額の負債を抱えて元の小領の領主たちに戻った。
元アルカの貴族やその配下の者たちの中には、もはやバランタイン候に歯向かうような者は一人もいない。一部を除くほとんどの勢力が、バランタイン候の傘下に入る模様だ。
旧アルカ共和国の主な勢力は、アートベック家とラフロイグ家が、バランタイン家に臣従を誓って、アール公国の傘下に入ることになった。辺境伯のハイランド家はあくまで中立を保つようだ。バランタイン候も自分の傘下に入らないからといって、特にどうこうするつもりはないらしい。
アール公国の保護国となった王国は、国としての制度はそのままだが、クラークさんが最高顧問として出向いて、政治的な実権を担う。まさにGHQにおけるマッカーサーみたいだ。
王国は表向き、年収のいくらかをアール公国に貢ぐこととなった。というか、膨大な借金を計画的に返していくといったところだろう。もちろん、あこぎな取り立てはしないらしい。
「あまり過激にしすぎると、奴隷が増えるでしょう」
バランタイン候は、俺にそっと耳打ちしてくれた。
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俺たちは、当面の敵がなくなったことにより、自分たちの領地経営に専念できる環境が整ったといえる。捕虜はそれぞれ買い戻され故郷へ帰っていったが、帰りたくないと駄々をこねる者もいた。トーチで働きたいらしいのだが、全員一旦お帰り頂く事にした。
「元、捕虜の就職希望者が多いそうですね。来月にでも、3国合同の騎士団採用試験を行いませんか」
バランタイン候の呼びかけで、来月に騎士団採用試験が行われることとなった。就職希望者の多くが王国兵で、なおかつトーチに残りたい兵が多かったことから、アール公国主催のものとし、俺たちは、試験に落ちた者の中から、めぼしい求職者を採用することとなった。
我が領は、グランやソフィ、ハープンさんだけでなく、教会やステアも連れて試験に臨む予定だ。試験内容はアール公国に一任だが、選考過程を見ながら、騎士団の最終合格者以外は、他の国や団体との間で、人材の争奪戦が行われる。
アール公国としては、サンドラを手に入れることが出来ただけでなく、サンドラ周辺の旧アルカ共和国直轄領をまるまる領土に編入。今後、周辺地域からの人口の流入が予想されるため、早急な採用が求められている。何しろ、国全体としては、人口は優に100万人を超えることになるのだ。
俺やダグはそこまで緊急に人がいるわけではないのだが、やはり、優秀な人材は一人でも多く欲しい。この度の戦いで、今後多くの人が、南に流れてくるだろう。そんなことを考えながら、俺たちは凱旋しながら南へ帰ることとなった。
「ロディオ殿、ダクリューク様、しばしお待ちください」
トライベッカでのパーティー会場で、俺たちは、バランタイン候に呼び止められた。
「遅れました。この度の援軍のお礼です」
そう言って、クラークさんが持ってきたのは大量の銀貨。とんでもない量だが、俺とダグにそれぞれ、100億アール分贈られた。あえて金貨ではなく、より流通している銀貨でお礼をしてくれるところを見ると、これで経済を回して欲しいという意図があるのだろう。
「ありがとうございます」
お礼を述べて、帰ろうとすると、すぐにまた呼び止められ、俺の前には今度は100億アールの金貨の山が積まれた。これは以前、口約束していた、ユファインの独立祝いとのことらしい。
実はこの度の戦役で、バランタイン候はサンドラの造幣所を押さえ、アルカ共和国に代わり、貨幣の発行も行えるようになっていた。どうりで、サンドラでの戦闘を嫌って街を無傷で手に入れようとしていたはずである。ありがたく受け取ることにする。
そういえば、トーチの要塞化をするとき、バランタイン侯爵は、こんなことを言っていたように思う。
“ただ……報酬なのですが……あと何年か待ってもらえれば、ロディオ殿の言い値で払えると思うのですが……”
それは、こういうことだったのかも知れない。
貨幣の供給量を増やし過ぎると、物価が下落する。供給量を自然に増やしていくには、広い範囲で少しずつ流通させながら、様子を見ていくしかない。この度のお礼やお祝いで、そのあたりを少しずつ見極めたいといった所なのだろう。
俺はダグやステアを伴い、ユファインへ帰る。ステアは、トライベッカで、皇太子の立式の儀を終えたばかり。これは、身内だけのもので、まだ国民に対して、正式に公表は行われていない。
バランタイン候は、ステアの婚約と合わせて発表したいのだとか。そして、戦後処理で多忙なアール公国にいるより、ユファインの方が、より安全だということでもあるのだろう。何か、俺が逆にステアの護衛みたいになっているぞ。
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ユファインで、俺たちを出迎えてくれたのは、執事のサドル。先日見習いから、正式な執事に昇格したのだ。
「皆さん、お疲れ様っす。お荷物をお持ちするっす」
口の利き方は相変わらずだが、時間に正確で態度はずいぶん礼儀正しくなっている。
「ステアも偉くなったもんすね」
「うるさい! 年下のくせに、いつまでも先輩風吹かしてんじゃねえ!」
「まあ、まあ。大国の皇太子がそう、一々目くじら立てるもんじゃないよ」
「げげっ、ステアが皇太子、まじっすか」
そう。俺はグランとも相談し、今までステアの身分を明かさないようにしていた。そんなステアが近衛騎士団長に抜擢されたときには、周囲は大出世だと驚いていたものである。サドルなんて、本気でステアの事を格下扱いしていたのだ。正式に皇太子となったからには、もう内緒になんかできないだろう。
「あの、がさつで適当なステアが……」
「まあ、当分は、近衛騎士団長を続けてもらうから、よろしくな。それとサドル、お前は世の中に対してもう少し謙虚にならないと首が飛ぶぞ。ハープンさんのことで反省したんじゃないのか」
「はっ、はいいい……、わかったっす。じゃなかった、わかりました!」
ハープンさんのこととは、サドルの採用の際の失言である。
「何すか? ハープンって、禿げ入道みたいな名前っすね」
「そのハープンっていう人は、長が付いちまうような冒険者なんだから、きっと俺の姉ちゃん以上の、超ろくでなしっすよね!」
このような問題発言を連発し、後に義兄となるハープンさんにきっちりお灸を据えられた件である。
◆
屋敷に帰ると、フミたちが出迎えてくれた。
「よくご無事でお戻りになられました」
そういって、俺の荷物を受け取って、やさしく微笑むフミ。相変わらずの正統派の美少女ぶりである。俺の胸に顔をうずめて、においを嗅いでくる残念っぷりも相変わらずだ。
「少し寂しかったですよ」
最初は少しふくれながらも、すぐに耳まで赤らめて、少し恥ずかしそうに腕を組んでくるララノア。ソフトツンデレたまらん。
「お会いしたかったですわ」
遠慮気味に後ろからそっと身を寄せてくるソフィ。柔らかいものが、俺の背に思いきりあたっています。確信犯なんだろうか。
「いやあ、相変わらず、アツアツっすね」
おい、相変わらず一言多いぞ! サドル、そういう所を直そう。
◆
ユファインでは、2日間、『一の湯』を貸切って、戦勝のパーティーを行った。1日目はこの戦役に参加した、騎士団や冒険者、さらにはギルドの関係者など。
2日目は、1日目のパーティーに参加できなかった者たちに対して行う。全員を一度に労うには、どうしても職務上、無理がある。全員に報いたい俺は、パーティーを2日に分けることにしたのだ。
騎士団や冒険者に対しては、バランタイン候から貰った銀貨で臨時ボーナスを支給。大通りでは、ラプトルのバーベキューを無料で振る舞う。ワインやエールは有料だが、皆の財布のひもは緩い。これでユファインの経済も回るだろう。
ユファインの一番人気は、何といっても『サラマンダー』の4人。我が国が誇る騎士団長たちの、英雄伝説にも匹敵する活躍は、ユファイン領の人々にとって、誇りとなっている。もう、ここでは、彼女たちの事を悪く言う者は一人もいない……と、いいな!
戦勝パーティーに先立って行われたパレードでは、彼女たちの姿が見えると、街の人たちは大熱狂。紙吹雪が舞い散る花道を、4人はオープン馬車に揺られ、作り笑顔で手を振っていた。
「こんなことで、いいのか……」
「もう、今となっては仕方のない事ですわ」
「そうです。今更何を言っても、謙遜と捉えられて、余計にまずいことになりそうです」
「がまんするしかないかもです、です」
ラプトルの突撃に合わせて、敵陣を混乱させ、素早く退却するはずの作戦が、自分たちがディラノの大群に追いかけられたせいで、敵陣に飛び込んで、逃げ回るだけのことになってしまったのである。
でも、自分たちに対する、この人々の熱狂は気持ちいい……。今まで、実力は認められながらも、どちらかというと煙たがられていた自分たちが、国の英雄の様な扱いになっているのである。何かこそばゆいような変な気持ち。
そして、4人の笑顔が極めて微妙だったことに気付く者は、この大観衆の中には、一人もいなかったのである。




