第10章 第5話 和平交渉
アルカ共和国は、サンドラを失えば空中分解ともいうべき事態となる。共和国は解体され、貴族たちは元の小領の領主に戻ることになるだろう。そのサンドラの命運も今や風前の灯である。
サンドラの街は、バランタイン侯爵たちが軍を率いて攻めてくるということで大混乱。しかも先鋒を務めるのはあの『サラマンダー』。トーチの戦いではたった4人で12万もの大軍に突撃し、相手を打ち破ったとの報は、もうとっくに届いていた。
彼女たちの前では、巨大なディラノですら瞬殺され肉塊と化す。おまけに、その強さだけでなく『竜の庭』の真ん中で、人とドラゴンを殺し合わせ、その肉をむさぼるという残虐性……。サンドラの街はすっかり恐怖に支配されてしまっていた。
今や、商都は恐慌状態となり、お母さんたちは涙目で我が子をタンスに隠す。お父さんたちは、遺書をしたため武器を取る。『サラマンダー』が攻めてくる以上、無事で済むはずはないと思い込んでいるようだ。
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3か国の同盟軍は、そんなサンドラに向けて進軍を開始していたのだが、俺は思う所があり、この軍に同行させてもらっている。もちろん、周囲はステア率いる近衛騎士団が固めているのだが。実はカインら暗部から入る『サラマンダー』に対する散々な悪評に胸を痛めていたのだ。
「いくら何でもひどすぎだろ」
「はい。ですが、実際の彼女たちの姿を目にすれば、サンドラの人々も勘違いに気付くのではないでしょうか」
俺の横で、きりっとした佇まいのステア。仕事中なので敬語である。
戦後はすみやかに彼女たちの名誉回復を図りたい。何しろ、ウチの大切な騎士団長たち。そして俺にとっては、大切な友人たちの名誉に関わることである。そして『サラマンダー』の風評は、ユファイン公国のそれにつながると思うのだ。
俺の隣に控えるステアは、元々『サラマンダー』の熱狂的なファン。実は、バランタイン侯爵がまだ伯爵のときに手掛けた『サラマンダー』グッズを私費でコンプリートしているらしい。そんな奴、初めて見た。いや~。いるんだそんな人……。
バランタイン伯爵は、レインの関連商品がヒットしたせいで味を占めたんだろう。今度は自分のお抱え筆頭冒険者パーティーで、二匹目のドジョウを狙ったらしいが『サラマンダー』グッズは返品の山で大赤字だったらしいことは内緒だ。
俺がステアにハウスホールドの森の中で、サラとマリアがディラノを倒した顛末を聞かせると、大いに興奮しながら喜んでくれた。近衛騎士団の団長を快諾してくれたのも、彼の趣味に理由があったのかも知れない。そのくせ、あまり彼女たちと一緒に行動しようとはしないのだが。
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サンドラの街は、城門を固く閉ざし籠城態勢をとっているものの、守る兵力は、カインによれば千人にも満たない。こちらは3国の戦力を総ざらいしているため、戦力差は10倍以上。
使者を送ると、降伏には素直に従ってくれた。ただ、その条件として『サラマンダー』の入城だけは、お願いだから止めて欲しいというものがあった。
「……どういう意味だろう」
怪訝な顔をするサラたちをなだめて、ユファイン騎士団はその場で待機。表向きは、不測の事態に備えて、サンドラの街の外を警戒することにしてもらった。俺は近衛騎士団のみを伴って、サンドラに入城することにした。
俺たちはまっすぐ政庁に向かい、慌てふためく貴族たちと面会。あっさりと商都サンドラは無血開城された。ひとつの国が崩壊する瞬間に立ち会ったわけだが、意外とあっけないものだった。
そして、俺たちは占領したばかりのサンドラで、共和国そして王国との終戦協定に臨むこととなった。
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交渉は、1か月以上かかったが、それでも迅速に進んだ方らしい。結局、アルカ共和国は、アール公国をはじめ、同盟3国に対して賠償金と、商都サンドラ及びその周辺の土地を割譲。これに伴い、共和国は消滅し、元の小領主たちに戻る。
バランタイン侯爵の読み通り、多くの捕虜を、各領主及び家族などが高額で買い戻してくれることになったため、王国はしばらくは立ち上がれないだろう。共和国の多くの小領主はこれを機に、バランタイン侯爵に臣従した様だ。
元より領地の拡充に興味のない俺とダグは、サンドラ及びその周辺に及ぶ、この戦役で得た領地の全てをバランタイン候に治めてもらうことに同意した。それに伴い、アール公国は首都をサンドラに遷都することが決められた。ここサンドラから、旧アルカ共和国領や、北の王国ににらみをきかせるそうだ。
そして、王国はアール公国の保護領になった。何でも借金だらけで、自己破産寸前だという。帝国は元々共和国とは同盟関係だったのだが、今回の戦役で共和国が崩壊したことにより、新たにアール公国と同盟を結ぶことになった。
元々、王国の軍備の拡大は、帝国の脅威に対抗するためだったが、王国がアール公国の保護下に入り、しかも、公国と帝国が同盟関係を続けることで状況は一変。軍備が大幅に削減されることで、かつて万年赤字と言われていた財政も黒字になりそうだという。
これら一連の交渉には、クラークさんとクリークさんが、バランタイン侯爵に代わり大車輪の活躍だったそうである。
俺やダグは、頃合いを見て、グランやエルビンに代わってもらったおかげで、レインやステアと共に、サンドラで有意義な時間を過ごすことができた。
俺たちは歳が近いせいか、すぐに打ち解けて、互いに友情で結ばれる間柄となった。サンドラの高級店を朝まで何軒もはしごし、気付けば皆マブダチである。俺たちは、国や立場は違うけどずっと親友でいような。
異世界で気の置けない仲間たちと飲む酒は、一段と旨かったのである。




