表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/159

第10章  第4話 突撃 ☆




「ぎゃー!」


 共和国と王国の連合軍の宿営地から響き渡る阿鼻叫喚の声。逃げまどう兵士。もはや軍は壊滅状態である。俺はモニターで状況を確認している。


 元一般人の俺からすれば当たり前のことだが、一つの軍がここまで完全に崩壊する状況を目の当たりにするのは初めてである。


 要約すると、その日の明け方、腹をすかせたラプトルの群れが、連合軍の陣地に接近。それを目視した、『サラマンダー』が、突撃を掛けたのだった。



「おい、みんな起きろ!」


 警戒を解かないサラが飛び起き、皆を起こす。


「むにゃむにゃ、眠いのですう」

「今が勝機だ! 目を覚ませ! セリア、すぐに旗を持て。私たちだけで突っ込むぞ!」


 サラは本能的に戦の潮目を感じていた。


 昨日の会議では、籠城して敵を引き付けてから叩くという方針が決められていたのだが、この好機を逃す手はない。本軍は動かずとも、自分たちで大きな戦果をあげられそうだ。

 

 何より、ユファイン騎士団は、いったん解体し、アール公国に預ける代わりに、自分たち4人は、戦況に合わせて自由に動くことを許してもらっているのだ。この機会を生かさずにどうする。


 城壁から見渡せば、目の前には、大軍を擁して油断した連合軍。そしてその周囲に忍び寄るラプトルの群れ。レインはすでに、自分の小隊を率いて運河の外を移動し、連合軍の陣地の後ろに回り込もうとしている。さすがレイン。彼も戦況見て独自の判断で動いているのだろう。


「では、いくぞ!」


 サラがゆっくりと右手を上げた。『サラマンダー』は、敵陣地に向かって、静かに移動を始めた。


 ……。


 音も無く忍び寄るドラゴンの群れ。人間の大軍というごちそうを前に、ラプトルたちは、興奮を抑えて静かに忍び寄る。ラプトルの突撃を合図に、『サラマンダー』は、たったの4人で敵陣に攻撃を仕掛け、敵陣を混乱させてから素早く引き上げる作戦である。

 命がけだが、これこそ騎士の本分。戦死したとしても、その死は、英雄としてユファイン公国だけでなく同盟国の間で、語り継がれることだろう。


「皆、覚悟はできているな」


 サラの言葉に3人は静かに頷く。


「セリア、軍旗を掲げろ、私の合図で何でもいいから、攻撃魔法。マリア、槍で敵を突かずに、追い払え、セレンは、セリアの攻撃に合わせて弓。風魔法を乗せてくれ」



 『サラマンダー』がたった4人で敵陣目がけて突撃を開始する。思いもよらぬ襲撃に、混乱する連合軍。


 突っ込んでくる4人。


 高々と掲げられる軍旗……。



 共和国軍は崩壊し、王国軍の方に雪崩れ込む。おまけにドラゴンの大群にも襲われて、数におごる王国軍は、あえなく崩壊。自分たちが運河に架けた橋まで逃げるが、その先をレインたちが固めていた……。



 実は、『サラマンダー』にも誤算があった。岩陰に身を潜め、攻撃のタイミングを窺っているはずの4人だったのだが……。


「おい、あれ、気付いたか?」

「とんでもない大群の息遣いですわ」

「……って、のんきに言ってる場合じゃないわよ、後ろにディラノの大群! 100匹以上いるじゃない!」

「逃げるのです、です!」


 何と、静かに敵軍に近づいていたつもりの『サラマンダー』は、自分たちも、静かに捕食者たちに迫られていた。


「キャーッ!」

「やばいです、です!」

「さすがにあそこまでの大群にはどうすることもできないぞ!」

「セレン、頼みますわ」


 セレンの風魔法で、『サラマンダー』は、追い風を存分に受け、人間離れした速度で疾走。脚なんてほとんど宙に浮いている。そして後ろからはディラノの大群が地響きを立てて追いかけてくる。


「とにかく、敵陣に飛び込め! 紛れれば助かるかも知れない」

「セリア、旗を捨てたらどうです」

「嫌かもです」


 さらに速度を速めて、敵陣に突っ込んでいく4人。


「死にたくない、結婚したばかりだぞ!」

「私なんて、まだ式も挙げていませんわ!」

「嫌みですか!」

「ですです!」


 覚悟を決めていたはずの4人は、己の命欲しさに、敵陣に紛れ込もうと必死で全力疾走を続けている。



 その頃、共和国軍陣地の最前線に、信じられない報告があった。


「前方より、敵接近!」

「その数、4人! ものすごい速さで突っ込んできます」


「何、4人? 何かの間違いだろう」

「そうだ。4人で突撃なんてありえない」

「大体、今は交渉中だろう。この状況での軍事行動は、非常識すぎる」



 今は使者を介しての両陣営の交渉中。この世界の常識では、戦闘行動は禁じられているだろ! 何、攻撃しかけようとしてんだ! 俺はモニターを見ながら、色んな意味で頭を抱えていた。

 サラをはじめ『サラマンダー』は、軍の常識を知らないようだ。せめてレインのように、後方に軍を展開するくらいなら問題はないのだろうが、あいつら、もう突っ込んでるし!



 共和国の陣地では、前線に緊張が走っていた。


「まさか……何かの間違いじゃないのか」

「いえ、あくまで我々に対する敵対行動がとられています」

「何でたった4人だけなんだ」


「分かりません! ですが、全員鬼のような表情で、突っ込んできます!」


「後ろにはディラノ! ……ディラノの大群を従えています!」

「おい、まじか……」


 まだ、連合軍は、前方から派手に突撃してくる『サラマンダー』に気を取られ、物陰から静かに様子を窺うラプトルの大群には気付いていない。


 ……程なく最前線の誰もが、4人の姿を目視できるようになっていた。


「恐ろしい形相で突っ込んできます」

「なんて、速さだ!」

「紫紺の旗に火竜。文字があります。……さ、さ、サラマンダー参上!」

「何だって!」


「おい、あいつらについて知っていることを教えろ!」

「不沈艦『サラマンダー』です。ドラゴンスクエアガーデンにて、『ブルーノ』の首をへし折り、一躍スターダム。その後、サンドラに衝撃の登場。ラプトルとの闘い、ギルドとの抗争、S級を巡ってドラゴン相手に激闘を繰り広げてきました!」


 執務室のモニターには、焦った共和国の指揮官の顔が大写しになっている。


「おい、待て『ブルーノ』って……」

「はい。底なしのスタミナから、『動物発電所』とも言われた巨大ディラノです。当時、『竜の庭』の帝王と、恐れられていました」



 『サラマンダー』が、“不沈艦”の二つ名を持っていたとは知らなかった。それにしても、スタン=ハ○センみたいな紹介のされ方になってるぞ! なんで一介の冒険者パーティーがギルド相手に抗争していたの分からないが、とにかく世間ではこのように認識されているらしい。



 兵士たちが目にしたのは、目を血走らせて必死の形相で突っ込んでくる『サラマンダー』の4人と、その後ろに迫るディラノの大群。まるで『サラマンダー』が、ディラノの大群を従えて、自陣に突撃してくるようにも見える。彼女たちは、本当の意味で命がけの全力疾走である。速過ぎて、もう応戦も間に合わないだろう。


「退却! 退却!」


 指揮官の叫び声が響く中、陣形を整える間もなく『サラマンダー』が最前線に突入。セレンの風魔法をまとった4人の突撃というか逃走は、正直人間離れしている。


 共和国軍の前衛に雪崩れ込んだ4人は、敵を吹き飛ばしながら、奥へ奥へと前進、というか逃走。すぐ後から、ディラノの大群が突入し、2万の共和国軍はあっという間に壊滅した。


 それどころか、混乱した共和国軍は、後ろに控える王国軍10万に雪崩れ込み、連合軍は大混乱。そこに、じっと機会をうかがっていたラプトルの大群が襲い掛かった。



 トーチ外側の運河に、連合軍が架けた橋の向こうには、レインら、アール公国の騎士団が固めている。ラプトルとディラノに襲い掛かられ、命からがら逃げた兵は捕虜として投降。


 後ろからは、血に飢えたディラノやラプトルの大群が迫っており、兵たちは必死で助けを乞うのがやっとだ。もはや戦争どころではない。

 

 結果、大半の兵が素直に投降に応じることになった。中には抵抗した者もごく少数いたらしいが、もれなくレインにチルドにされた模様。


 一方、『サラマンダー』は敵軍の中を突破し、ボロボロになりながらも、何とかレインの陣地まで走り抜けていた。


 結局、この戦いでは、王国軍と共和国軍、合わせて数千人がドラゴンの餌になり、多数の兵が捕虜となった。


 そして『サラマンダー』は、この戦を勝利に導いた英雄として、永らく語り継がれるようになる。何しろたった4人で12万の敵軍に突撃し、相手を壊滅させ、戦力的に圧倒的に不利だったこの戦を勝利に導いたのだから。





 捕虜は武装解除後、トーチの収容施設に護送され、温泉とバーベキューにエール、更にはユファインからの海の幸で寛いでもらっている。おそらく、王国は、捕虜の払い戻しだけで、途方もない負債を抱えることになるだろう。ただでさえ、共和国に借金があったらしいのに、他人事ながら心配だ。

 

 ちなみに、これらのごちそうは、全て有料メニュー。武装解除の際、個人の持ち物は金銭を含めて全てこちらが没収しているため、もれなくつけである。捕虜の引き渡しの金額に上乗せするそうだ。さすがは侯爵。もっとも、温泉と宿泊費が無料なのはせめてもの救いだろう。





 俺は、ダグと一緒にトライベッカに向かうことにした。俺たちが全軍を率いて北上し、サンドラに攻め入ったら勝てるだろう。サンドラの占領をもって、アルカは無条件降伏になると思う。北の王国も、戦力の大半が捕虜になり、とても戦える状態ではない。


 俺は領土を増やして、天下統一したいなどという野望は無いが、ダグやバランタイン候はどうなんだろう。共和国と王国からは、すでに敗戦を認める使者が来ているらしい。


「私は、北の領土には興味はありません」


 ダグはそう言って、肩をすくめた。ハウスホールドからすると、俺たちが造った農地の開墾などの、内政問題が一番の課題だという。外交的には、南に広がる亜人たちや、俺たちユファインなどとの交易で手一杯。それに加え、領内に隣接した空白地帯に、新たな都市を開発する計画もあるそうだ。

 なんでも、ハウスホールドの南に第2の都市を造りたいのだとか。山エルフやドワーフ、さらには、各種獣人たちとの交流の拠点となる都市にしたいそうだ。


「ウチも自分の所の開発で手一杯。ホント今、新しい領地なんていらないよ」

「まったくです」

「落ち着いて手が空いたら、ウチの騎士団を派遣しようか。新しい街を造るんなら、運河に城壁と道路。あと、建物の基礎工事くらいなら、請け負うけど」

「さすがは義兄上!恩に着ます」


 ダグの話では、10万人くらいの都市を想定している様だ。俺が提示した工事だけでも、本来、数百億はかかるはずである。ここは義兄ちゃんにまかせなさい……あと、何か理由を付けて、レインも呼べれば更にうれしいかも。


「よし、他でもないダグの頼みだ。落ち着いたら俺がステアをはじめ何人か連れて、街を造りに行くから、諸々の準備宜しく。後は……分かっているよな」

「了解しました」


 心強い義弟に大満足である。





「ダグリューク王、そしてロディオ殿、今回のご助力、ありがとうございました」


 トライベッカでは、いつもの笑顔でバランタイン侯爵が出迎えてくれた。ちなみに、当分はそのまま侯爵を名乗る予定らしい。共和国と王国からは、早くも全面降伏の使者が来ているとのことだ。


 今回の戦争では、共和国は王国と共に、我々3国に宣戦を布告。しかし、『サラマンダー』とドラゴンの急襲によって軍勢が壊滅したのみならず、半数以上の兵が武装解除され、捕虜となっている。

ちなみに、『サラマンダー』の突撃は、交渉が決裂した後で、彼女たちにお咎めはなかったそうである。


「先ずは今後の方針について、バランタイン候のご意見を聞きたいのですが」

「はい。私は共和国や王国には旨味は感じません。自領に組み入れたとしても利益は無いでしょう。ただ、サンドラだけは欲しいというのが本音です」

「では、我ら同盟軍は、全軍をもってサンドラに向かうのが、バランタイン候のご意向という事でよろしいですか」


 ダグは俺の横で静かにうなずいている。俺は本音ではどうでもいいのだが、侯爵の意向に従うつもりだ。


「私はバランタイン候の意向に従います。ユファインは全軍をもって、サンドラの攻略に向かいましょう」


 俺たちは共和国の使者からの停戦の申し入れを蹴って、サンドラに向かった。


 その夜の会議では、もし、サンドラが降伏しない場合は、街の周囲を包囲して交渉しようという方針が決められた。力押しに攻め潰す事だけは、絶対にしないよう念を押される。


「ロディオ殿、特に『サラマンダー』の手綱をしっかりと頼みます」


 バランタイン侯爵は、出来るならサンドラを無傷で手に入れたいそうだ。




挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ハンセン、分からんじゃろな……若人はw
[一言] そりゃあこの泥沼よ(゜Д゜;) 最近のライダーもビックリの、敵だけでなく、味方側だと思っていた連中との戦いよ。というかドラゴンが味方になるワケないでしょうよ野生生物よ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ