第1章 第9話 親友
「ところで、ロディオ。何か困っていることでもあるのか。学校も休学したらしいし。俺も乗りかかった船だ。詳しい事情を教えろよ」
3人で菓子折りを持って犬の兄弟の家に謝りに行った帰り、俺たちはサンドラの有名店『ハイランダー』のカウンターにいた。もちろん、レインのおごりということで、俺とフミはご相伴に預かっているのである。迷惑をかけた上に酒までおごってもらって申し訳ない。
レイン=カーズ。22歳。黒い瞳とダークブラウンの髪。身長190センチのがっちりしたイケメンである。魔法学院を首席で卒業したが、魔法士団の就職を断り、フリーの冒険者としてギルドの仕事を請け負っている。ギルドでは、わずか1年でB級。将来のエース候補として期待されているらしい。ただ、本人はそれほど冒険者家業に熱心ではなく、趣味の魔法の研究が生活の中心だという。
しかし……全く、けしからんくらい男前である。二枚目の小顔に引き締まった体に高身長。恐らく本人は無意識でしているのだろうが、しぐさの一つひとつが様になっている。
かつて、日本ではモテる男の条件として“3高”というものがあった。高収入・高身長・高学歴の3つだが、こ奴は一体何“高”なんだろう。
レインはバーボンみたいな蒸留酒をロックで注文。もう3杯目である。俺は、サンドラ産のウイスキーを常温の水で割って飲む。フミはフルーツを浮かべたカクテルを注文。綺麗なグラスを嬉しそうに両手で持ってちびちび飲んでいる。
「うん、でも何から話せばいいのやら……」
右隣のフミを見ると、目が合った。カクテルを飲んで少し上気した顔がまた可愛い。
「ロディオ様、レインさんには相談してもいいんじゃないでしょうか」
「レインに迷惑かかるんじゃないか」
「お前なあ、俺にこれ以上迷惑かける気か?」
口ではそう言いながらも、レインは俺の方へ体を向ける。
「じゃあ、話すけどいいか?」
俺は、レインに、熱を出して目覚めると今までの記憶を全て失ってしまっていたことを話した。ただし、転生したかもしれないことは秘密にしておく。
「正直、レインのことだってわからないんだ」
「ロディオ、それ、本当なのか?」
「……うん」
「ロディオ様、レインさんはロディオ様のお友達です。親友とも呼べるお方でした」
フミの話によると、歳はレインが俺より一つ上だが、互いに魔法が得意でよく2人でつるんで遊んでいたらしい。言葉は悪いが悪友のような存在だったようだ。
「じゃあ、ロディオが魔法を一つも覚えていないっていうのは、本当なのか?」
「うん、きれいさっぱり忘れているよ」
魔法の存在する異世界へ来て、健全な青少年が魔法を試さない訳がない。特に俺は、魔力が人一倍強いそうだし、フミだって生活魔法を自由に操っているのである。しかし、何度挑戦してもうまくできなくて少々へこんでいたところだ。
掃除に洗濯に炊事にと、フミは風・水・火と言った魔法を自由自在に使っている。最初フミが火魔法で明かりをつけた時には、腰を抜かしそうになった。俺は、フミにやりかたを聞いてひとりでこっそり試してみたが、何にもできずフミに慰められてばかりである。
俺の話にレインは腕組みし、小さくため息をついて言った。
「で、それだけじゃないんだろ」
もう正直に話してもいいか……。
俺は、レインに洗いざらい話すことにしたのだった。
借金が1億5千万もあり、返せない場合は、俺かフミが奴隷になってしまうこと。屋敷はもう売払い、1億2千万は何とか返せたこと。残りの借金3千万を2週間で工面しなくてはならないこと。
「……なるほどな。お前には今、2つの選択肢がある」
「2つって何だ?」
「1つは俺から3千万借りることだ」
「……」
「もう1つは、3人で臨時のパーティーを組んで、実入りのいいクエストをこなすことだ」
ギルドの規定では、ランクはパーティーの中の最高ランクの冒険者のレベルプラスアルファで決められる。俺とフミはEランクなった所だが、B級のレインと3人なら、A級の依頼すら受けられる。
しかし、与えられるギルドポイントは、ソロに比べて3分の1になり、分け前も3人で頭割りすることが建前なので、普通、レインの様な高ランクの冒険者が、俺やフミの様な下っ端とは仕事をしないのだが。
「ロディオに関しちゃあ、魔法を忘れているとはいえ、魔力が多いのは一目瞭然だしな。フミちゃんにしても、普段生活魔法しか使ってなさそうだけど、かなりやれそうだし……」
「明日にでも俺んところで、魔法を教えてやるよ。1日空けとていてやるから」
「いいのか?」
「俺がソロでのつもりで受けた依頼なんだが、どうも人手が入用なんだ。お前たち2人が加わってくれるなら助かる」
「それって、そんなに高収入の依頼なのか?」
「まあ、依頼自体は普通なんだが、それとは別にオプションがおいしいな」
レインの話によると、このクエストの内容は、サンドラの北にある山脈に住み着いたドラゴンの討伐。山の南斜面に、ワイバーンがざっと300匹以上住み着いているそうだ。
「今まで共和国の騎士団が2回失敗した仕事だ。おかげで、仕方なくギルドまで流れてきた。報酬は完全駆除が条件で1千万。ところが……」
ワイバーン1匹につき、きれいな状態での捕獲・討伐なら生死を問わず10万、卵なら1つ2万の値を国が別口で出してくれるそうだ。
「大方、研究やら標本やら素材やらで、国はそれ以上の値段で売りさばく算段がついているんだろうな。完全に成功したら、3人で5千万は堅い仕事だ。……で、どうだ?」
どうもこうもない。
「やる。是非やらしてくれ!」
「ギルドには俺から申請しておく。ロディオは魔法を思い出してもらわなくちゃならないし、フミちゃんにも慣れてもらわないとな。明日、午前中に俺の家に来てくれよ」
レインはその場で、住所と簡単な地図をメモして渡してくれた。
◆
「さっきも話した通り、俺はこの世界の事は何も知らない。フミから少し教えてもらっただけなんだ。よかったらレインも俺に色々教えてくれないか」
「身の回りのことは、フミちゃんがついているから大丈夫だよな。じゃあ、まず、この世界の状況から説明するか」
フミが教えてくれた通り、俺たちが今いるのはアルカ共和国。人口約150万。アルカとの北に位置するのは、グレンゴイン王国で、人口約200万。
この王国は、産軍共同体とも言うべき国で、軍事力を保持し続けることが、一種の公共事業の様になっている。常備軍は15万人以上。
かつては強大な軍事力で、南下を目指していたそうだが、軍が国の財政を逼迫し、南方諸国連合からなるアルカ共和国から逆に資金援助を受けるようになってしまっている。
今では、元の通貨である『グレイ』が完全に駆逐され、国内では『アール』が正式な通貨として流通しているのだとか。
王国の東には、カティサーク帝国という脅威がある。グレンゴインが軍事国家になったのも、軍事費の削減が進まず借金体質になったのも、元はと言えばこの帝国の脅威のせい。ある意味、王国は気の毒な国ともいえる。
王国の東にあるカティサーク帝国は、一小領主に過ぎなかった初代皇帝が、周辺諸国を次々と征服して広大な領土を支配するようになった。その後も3代にわたる軍事侵攻で、世界の4分の1の領地と、5分の1ほどの人口を擁するようになった。今も周辺の小領主を飲み込みながら、じわじわと膨張しているそうだ。軍事力も強大で、20万の常備軍を有している。
ただ、アルカ共和国からすれば、帝国とは同盟を結んでいるばかりか、上得意様らしく、国際的な関係は世界で一番いいとの事。
アルカの南に新しくできたのが、エルフ族のハウスホールド王国。人口は約20万と小さいが、この国は、周辺の亜人たちの盟主ともいうべきポジションにいる。
ハウスホールドの周囲には、山エルフやハウスホールドに加わっていないエルフたち、そしてドワーフやホビット、更には犬人、猫人、狐人といった亜人たちの領域が広がっており、合わせて少なくとも300万以上の亜人たちが、各所領に散らばっているということだ。
更に南の海の向こうには、島々が点在しており、ブルームーンという王国があるという。
レインの話を聞きながら、メモするついでに地図を書いていくと、アフリカ大陸の様なものが出来た。
「なあ、俺たちのいる大陸は、こんなもんか?」
レインに尋ねると、ほとんど正解だそうでびっくりされた。
「すげーなロディオは。いや、俺の説明が良かったのか」
「俺たちのいるアルカ共和国は、どうしてハウスホールドとは交流が少ないんだ?」
「いや……そこなんだが、国同士の仲は悪くない。ただ……」
「ただ?」
「2国の間には大森林。通称『竜の庭』があるからな」




