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深層の先に  作者: 市田気鈴
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第9話

決心したら振り返って思うことはあっても、行動できると思うのです。

 ロイズは、自分の世界で決心していた。このデータを持って、再びパラレルワールドに戻ることを。それこそがロボットとしての生き方なのだ。その感情をなんと言い表せばよいのかが分からなかった。全身が熱を持ったように熱く、

 ロボットは優秀である、それは当然だ。しかし優秀だからこそ生き延びるベキなのか。いやそれは違う。少なくとも開発者であるベル博士はそう言った。ロイズが彼から教え込まれたのは「自分を大切にすること」だ。それは命だけの問題ではない。ロイズはロイズとして、その自己を尊重して生きていくべきことだ。

 情けない話であった。激動の時代を経験していくうちに、気づけば生みの親から教えられたことをただ自分の命を守ることだけのものと捉えてしまっていた。

 しかし死にゆく前に気づくことができた。とうに忘れていた自分が最も敬愛する人の教えに改めて気づくことができたのだ。

 そうなれば、彼がやることはただひとつ。ワクチンのデータをパラレルワールドに持ち帰ることだ。ロイズは少しふらつく足を支えに立ち上がって、研究所を出る。歩くたびに体の限界が知らされていくようであった。

 アメリアはこれからもっときれいになるだろう。あのアグレッシブな性格は必ず未来を豊かにできるだろう。祖母であるバーバラ夫人もあの図太さからまだまだ人生を謳歌するに違いない。

 そしてベルは…別世界のベル博士とはまるで違う。だらしなく、研究への熱意もそこまででは無い。だが彼が以前話していた俗っぽいというのは、その通りだと思った。自尊心が大きく野心家で、いろんなものを欲しがる…そのくせロボットを尊重するようなお人好しで、惰性ながらも責任を持って研究し続ける真面目な面がある。そんな彼だからこそ確信できるのだ。ベル博士と同じように必ず大きな成功を成し遂げると。

なんとか車に乗り込んだロイズは、エンジンをかけて目的の海岸に向かう。もう2度と見ることは無いと思うと、この荒廃した世界でさえ美しさと憂いを感じた。そうか、この感性が人間らしいというものなのだろう。

 流れる風を切る音が聞こえる。1時間も走れば波が打ち寄せる音も聞こえる。目的の場所についたロイズがこの世界から旅立つ時の言葉は別れ以外に余計なものは無かった。


「おやすみなさい、マザー…」







「僕は何をやっているんだか…」


 ため息をついた彼は部屋を見渡す。かつての研究所と比べるとかなり広く、もので散らかっていない部屋は、お世辞にもベルの部屋とは思えない。そんな部屋でベル落ち着かない様子でタバコに火をつけた。

 この世界からウイルスの脅威が消えて2年経っていた。人々の生活に大きな変化は見られずに平和そのものであり、それはベルにとっても同じことであった。この平和をもたらしたロボットの存在を知るのはごくわずかな人だけであった。

 ロイズが再び姿を現したあの日のことをベルは今でも覚えている。彼が消えた日から半年の月日が経った頃だった。初めて見つけた時と同じ場所に倒れており、ベルはすぐに助けにかかった。彼に肩を貸そうとしたとき、ひとりでに目を覚まし立ち上がろうとしていたが、関節からはギシギシと不快な音が鳴っており、濡れた体は不自然に歪んでいた。


「とにかく帰ろう、うん!僕がなんとしても直してやるから!」

「私ハ、無理でス」


 ロイズの発する声はくぐもっており、発音もはっきりとしていなかった。ベルは重い身体を引きずるように彼を運ぶも、ロイズの方は全てを諦めたかのように体を投げ出しているような雰囲気であった。


「最後マデ、ロボットとシテ、生きタい。私ノ頭だけ使ッて、ワクチンの作り方ヲ…」

「自分のことまで大切にするロボットだろ、あんたは!あんたの開発者の意思もあるんだったら生きるのを諦めるなよ!」

「私ハ幸せでス…最後ニ…マザー…思イ…」


 声を発しなくなったロイズを連れて、ベルは研究所に戻った。しかし海岸での会話を最後にロイズがもう話すことは無くなった。

 彼の機能は停止したにもかかわらず、記録だけは残っていた。頭の中にあった彼専用のデータチップを調べるとワクチンの作り方の身が記されていた。航空機のブラックボックスのように、この記録だけは別に持っていたのだろう。

 あとは簡単であった。この記録を元にワクチンを開発する。臨床実験までトントン拍子でこぎつけ、それも終わればあっという間に一般での接種が始まる。

 効果はみるみる内に現れた。ワクチンは予防、特効薬両方で効果を発揮するほど万能なもので、一時期は世界中のパンデミックを危惧されたウイルスの脅威はあっという間に収まった。

 ベルはこの立役者のひとりとして、多くのものを手に入れた。多くの金、名誉の称号、賞賛伴う人望、あらゆるものをだ。研究所も新調し、住まいとは別々だ。今は大きなマンションの一室に住んでいる。ごたごたの部屋とは一線を画し、とても広く住み心地がよかった。

 恵まれた生活にもかかわらず、満たされた感覚はまったく無かった。ベルの心にはいつもロイズの存在がしこりとして残っていた。所詮はロボット、そう思って割り切れればどれほど楽だろうか。

 自分は中途半端な研究者だ。そんな思いがベルには常にあった。研究内容は夢見がち、好きなことではあるが周りに自信を持って言えるものじゃない。だから別の研究もやるが成果は振るわないし、好き好んでやっているわけでは無いからどうしても意欲が出ない。いっちょ前にあるプライドも研究には邪魔だ。

 そんな自虐的な視点を持っているのに、非情になりきれない。どうしてもロイズの最後の姿を思い浮かべてしまう。

 ベル自身はパラレルワールドを研究に打ち込んでいたことが幸福といえた。ならば、ロボットである彼の幸福とは何だろうか。最後までロボットとして人間に奉仕することか?しかし自分を犠牲にしてまで果たしたいものなのだろうか。ロイズは他のロボットと違って、自分の価値を理解し、その命を守っていた。それを考えれば、人間のために死んだことは葛藤を伴った苦しみに違いない。だが彼は最後に幸せだと言ってくれた。それならば葛藤を乗り越えた上で、ロボットの生き方に幸せを見出したということだろうか。今さら、それを知るすべは彼には無い。

 ベルはタバコの火をもみ消すと、首をゆっくり傾ける。自分の体とは思えないほど大きな音が鳴った。どうも休憩すると、後ろ向きな考え方を持ちつつロイズのことを思い出してしまう。しかしこういった考えを持つからこそ、今でも研究を続けられていた。

 ベルは世界を救った男として多くのものを手に入れたが、研究者をやめてはいなかった。むしろ以前よりも研究に打ち込んでいた。研究費用も増えた彼が取り組んでいたのは、自分が最も解き明かしたいパラレルワールドの件であった。再びパラレルワールドの研究に打ち込める余裕があるのは嬉しかった。

 そして同様に力を入れている分野がもうひとつ、ロボットの見た目をより人間に近づける外装の開発であった。ロイズに使えれば、彼のことをもっと理解することができたかもしれない、そんな後悔とこれから現れるであろうロボット達への希望としての研究であった。自分が惰性で続けていた生物学がこの開発に大いに役立っていた。

 そしていつかこの研究を完成させた時、造ったロボットと共にパラレルワールドに行くのだ。世界を救ってくれたロボットが生まれた世界へ行き、その深い心理をよく知るために。

これでこの作品はお終いです。読んでいただきありがとうございました。

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