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深層の先に  作者: 市田気鈴
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第4話

ロボットでも別世界に慣れようとします。

 元いた世界よりも今の世界の方が落ち着いた。ロボットとして生きているわけでもなく、ただ世界にいるだけの頃は違い、今は人がいる。役に立つ存在…ロボットとして生きているのだから。

 しかし同時にどこか勘が鈍っているのは否めない。用電子回路か、それともどこか別の場所が故障したのかはわからないが、ロイズはロボットとしてはありえないはずの“失念”というが生まれた。

 この世界は彼がいた世界とは違う…パラレルワールドを調べていたのだからそんなことはわかっていたはずなのに。

 ロイズは驚きこそあったが、動揺はしなかった。次の日には家事を済ませ、バーバラ夫人に日曜日の件を引き受ける連絡を入れると、この世界の歴史について調べ始めた。それをデータバンクに入れることで、この世界のロボットとして振る舞うことができる。


 あっという間に約束の日曜日になり、ロイズはバーバラ夫人の家を訪ねた。近所では特に大きな家と庭があり、財産の多さを感じさせる。

 すでに孫が来ており、ロイズが訪れると夫人と共に玄関まで出迎えてくれた。孫娘の年齢は10歳くらいだろうか。丸顔だが痩せており、目元がぱっちりとしているおかげで快活な雰囲気の少女であった。


「すごい!このロボットっておばあちゃんの?」

「いんや、お隣のベルって研究者が造ったやつだよ。今日は遊び相手に借りているのさ」

「初めまして。ロイズです」

「わたしはアメリア。よろしくね、ロイズ」


 少女が差し出した手をロイズは握る。脈拍、血圧共に正常で、彼女の健康的な印象をより深めた。


「あまり夫人とは似ていませんね」

「あたしの若い頃とはまるで違う見た目だし言われても仕方ないさね。亡くなった旦那にはそこそこ似ているさ。隔世遺伝というやつだ。

 それじゃ、あとは任せたよ。あたしは焼き菓子の続きをやらなくちゃ…」


 年齢とはかけ離れた素早い動きでバーバラ夫人は奥のキッチンへと赴いた。本当に孫娘の面倒を見られないほど体にガタが来ているとは思えない。これほど広い家に住みながら、家政婦のひとりもいないことも尚更であった。

 残されたロイズはアメリアに向き直った。


「さて、何をしましょうか。アメリア様」

「アメリアでいいよ。そうだな…」


 間もなくアメリアは印象通りの子であることがわかった。手始めに庭で走って競争をした後、キャッチボールやバレーボールをして遊ぶ。次に夫人が手入れする庭の植物を物色した後、土から出ていたミミズや虫を見つけて遊び、最後にはどこから見つけてきたのか落ちていた手頃な木の棒でチャンバラときたものだ。ロイズも久しぶりに関節のジョイントを酷使していた。

 あっという間に時間は過ぎ区切りがついたところで、アメリアはバーバラ夫人お手製の焼き菓子にかぶりついた。ロイズは食べることは無いものの、満足げに菓子をほおばるアメリアや紅茶を淹れるバーバラ夫人と共に席に着いていた。


「体を動かすことが好きなのですね」

「だってばあちゃんの庭みたいに広い場所が珍しいもの。でも疲れちゃった。今度はロイズの凄いところ見せてよ」

「凄いところとは?」

「ロボットっぽいところ。なにか出来ないの?空を飛んだり、変形したり、そういうの見たいの」


 これにはロイズも困った。ロイズは家庭用ロボットの類だ。軍事用や特別な環境での稼働を想定していないロボットに、そんな特別な機能や拡張性があるわけが無い。せいぜいある程度の防水性を持つのが関の山だ。


「申し訳ありませんが、私にそのような機能はありません」

「ええ!ロボットって飛んだりするってテレビでやっていたよ!」

「そんな物騒なものが近所にいたら、たまらないさね。家事手伝いくらいでちょうどいいんだよ」


 紅茶を飲みながらバーバラ夫人はたしなめたが、アメリアの不満そうな表情は消えなかった。






「それで結局どうしたわけ?」

「折り紙やあやとりを披露しました。以前、子どもを相手にする為にデータバンクに記録してありましたから。反応は良かったです」

「技術や知識は意外なところで自分を守るものだな、うん」


 夜遅く、ロイズはベルに今日の出来事を話していた。ベルはロイズが貰ってきたバーバラ夫人お手製のマフィンをかぶりつきながら、話を聞く。時間も遅いので健康のために食べることは控えるように進言したが、すでに2つ目に手を伸ばしていた。


「この世界ではロボットの認知はあまり広がっていないのですね」

「そりゃ、完成したのはせいぜい10年前だからね。いくら街中で見ることがあっても、それは富裕層やマニアが手を出しているだけで一般家庭の普及率はそこまでじゃないだろうさ」

「こちらの時代で初めて完成したロボットは私と同じ家事手伝い用のロボットでしたが、飛ぶ機能は無かったはずです。それなのに彼女はどうして飛ぶことなどをロボットらしいと思ったのでしょうか」

「あれ、世間にそこまで認知されていないんじゃないかな、うん。1か月くらい前にどっかの会社がスポンサーのロケット打ち上げたとかそんなニュースをやっていたから、それと同じようなものだと思ったんじゃないか?」

「初めて完成したロボットは注目されなかったのですか?」

「世間的にはなあ…。研究者間でもあんまり評判聞かなかったよ、うん」

「それほど劣悪だったのですか?」

「いや、性能はそこまで悪くなかったさ。ただその3日後に、大手研究チームが高性能なのを開発しちゃってね。最初の開発されたロボットは個人で完成したものだったから、マーケティングも微妙だったから、広まる前に世間的な興味はあっちに行っちゃったのさ」

「たしか災害時の救助目的でしたね」

「実際はもっと凄かったさ。力はもちろんのこと、反応速度も素早い。数千種類の医療知識まで入っているから、病院でも使える。あの万能性を見ると、ただの家事手伝いではインパクトに欠けるよ。もっとも完成度はロイズの方が高いと思うけど、うん」

「そのように申していただけるのは幸いです。ところでそろそろマフィンを手に取るのは止めた方がよろしいと思いますよ」

「まだ2個目だからいいじゃないか」

「話しながらで気づいていないようですが、今3個目を食べ終わったところです。その手でつかむと4個目になります」


 それを聞くと、ベルは伸ばしていた手をゆっくり引っ込めた。さすがにこのままではマズいと思ったらしい。節制ができていないが、よくロイズが来るまでその痩せた体型を維持できたものだ。

 ベルはバツが悪そうな表情でコーヒーを飲むと、ロイズに向き直る。


「そういやまたバーバラ夫人にまたよろしくって言われたんだって?」

「はい。お引き受けしました」

「別に僕は構わないけどさ、あんまり出歩くと変なのに目をつけられないかが不安だよ」

「それでも私はこちらの世界になじむためにも様々な場所を見る必要があると思います。それにバーバラ夫人に好印象を与えるのは、あなたが彼女に借りているお金の件でも良い関係を築けると思いますので」


 ロイズの言葉にベルは飲んでいたコーヒーにむせた。ロイズに背中をさすってもらい、呼吸が落ち着いてきたところでベルの涙目が彼を再び捕らえた。


「あの婆さん、そんなこと言っていたのか!?」

「10万お借りしているようですね」

「ロボット製作とちょっとした研究資金ですぐに必要だったんだよ。この前、病院のバイトで給料貰ったから明日にでも返しに行くよ、うん。くっそ、余計なことまで言いやがって…」


 こんな姿を毎日見ているのだから、いくら遺伝子情報などが同じでもロイズはベルをベル博士と同じには扱えなかった。






 翌日、ベルは夕方に帰ってきて、そのままバーバラ夫人に約束の10万を返してきた。早朝から病院のバイトに出かけていた彼は、家に戻ってくるといつも以上にくたびれたように見えて、短い髪すらもぼさぼさとあらゆる方向に飛び出ているように見えた。言葉での労りよりも、身体的な安らぎと心の落ち着きを確保する方を優先するべき状態であった。

 ロイズはベルに熱い紅茶を淹れた。ひとえに研究者と言っても、研究内容は当然多岐にわたる。ロイズを製作したベル博士は海洋学と細菌学に精通しており、ロボット作成のためにロボット工学にまで手を出していた。一方で、ベルは人間に焦点を当てた生物学を中心としており、病院のバイトも知り合いの伝手から紹介してもらった。

 研究分野が違うため一概には言えないが、ベル博士と比較するとベルは優秀とは言い難い。数々の功績で関わった学問に大きな一石を投じてきたベル博士と違い、彼は鳴かず飛ばずの研究の毎日。彼の師はこの世界で神経の仕組みについて大きな功績を挙げた研究者チームに所属していたようだが、彼自身は特に期待されていたわけでもなかった。

 そんなベルが現在取り組んでいるのは、人間の肉体の研究であった。不摂生と不健康そうなやつれた体を抱きながら、よくその方面を研究しようと思ったものだ。


「お疲れ様です」

「本当にお疲れだよ…。あー…うん」


 ぼんやりとした表情で、ベルは紅茶のカップを手に取る。ゆっくりとすするも心ここにあらずといった雰囲気であった。どこかの研究所に所属してチームに入れば職と研究を両方できそうなものだが、どうも彼はお呼びがかからないらしい。


「今日は朝早かったですね」

「ちょっと同僚に呼ばれてさ、うん。思えば行かなくても良かったな」

「無理はいけません。本日はもう就寝することを薦めます」

「でもこれだけやらなくちゃ…」


 ベルは眠そうに目をこすりながら立ち上がると、小さなテーブルに置かれていたファイルを漁り始めた。その光景がロイズには奇妙な印象を抱かせた。


「あなたはそこまで研究熱心ではないと思っていました」

「惰性でやっていると自分でも思うよ、うん。生物学をやっているのも行った大学で単位取るためにやってたら、一番覚えた分野だっただけだもの」

「しかしあなたはやっている」

「表向きには人のためとは言ってね。それに僕の研究はどこまで人間に貢献できるかはわからないし。それに…」

「それに?」

「他の研究者よりも俗っぽいんだ、うん」


 それだけ言い残すと、ベルはファイルを2つ抱えて、研究室へと走っていった。その言葉がどこまで本当なのか、ロイズには判断しかねた。


別人でも開発者ならばその夢や生き方は気になるものです。

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