第3話
正しいことに直面するも、柔軟な考え方ができるロボット…現実だと扱いづらいだろうなあ。
ロイズがベルとの共同生活を始めて2週間経った。数十年ぶりに人間と触れあったロイズではあったが、問題なく日課である家事手伝いをこなしていた。
その時間の中でロイズは、ベルを自身の製作者であるベル博士と似て異なる生物と認識していた。若い頃の姿とはまるで違う上に、この年齢のベル博士は結婚して子どももいたが、ベルは独身で女っ気が無い。研究者としては博士に何歩も劣る上に、専門分野も違った。おまけに小さなミスが多いうっかりとした部分が目立つ性格であり、何も知らなければ別人と思えるだろう。
しかしベル博士と性別、誕生日、血液型が同じな上に、抜け毛から調べた遺伝子もベル博士と一致している。またこの研究所もロイズが拠点としていた場所と同じ場所にあり、経歴も違いはあるものの出身学校がまったく同じであった。ここまで同じなのはクローン人間であってもありえないことだ。決定的なのは、ロイズの首筋に差し込むプラグだ。ベル博士が作った専用のものにもかかわらず、規格が合ったのだ。後で調べれば、彼が造る予定のロボットに繋ぐものだったらしい。
これらの情報からロイズはベルをベル博士と同一的な存在であると認めざるを得なかった。同時に彼の存在がこの世界と元々いた世界とは似て非なる場所、パラレルワールドであることの証明となった。現実的にはあり得ないこと、この考えはロイズも疑わなかった。だが事実は受け入れなければならない。理論と事実が食い違うのならば捨てるのは事実だ。
ロイズはベルに話さなかった。この事実を共有することは、証明のために製作者のベル博士の素性を明かすことになるからだ。ロイズにとってはこの世界のベルよりも、自分を造ったベル博士だ。もっともベルには彼の考えに納得したという態度で接しているが。
「あんた、マザーって言っているけど製作者って女性?」
「個人情報になります」
「まあそうか、うん」
このような会話は2週間で何度もあった。ロイズがベル博士をマザーと呼んでいたのは、自分を造った存在だからというだけであった。家族のようにロイズを扱っていたベル博士を呼ぶにあたり、この世界に産み落としたならば男であっても母の言葉を使う方が適当だと考えている。
ベルの方は、ロイズへの質問が途切れることは無かった。別世界に興味を持ったことはもちろんのこと、自身の住む世界より先を行く技術も気になったようだ。
その日もベルは夕食後、ロイズにロボットの戦争について話をしていた。
「そもそもロボットの戦争って起こるのがわからないね。人類が滅びたならば、地球はロボットによる世界。争う理由が無いじゃないか」
「ロボットも一枚岩ではありません。人間のために奉仕するロボットもいれば、ロボットの存在を誇りに持ち、人間のために働くロボットを許せない者もいます」
「普通そんなロボット造るかねえ、うん」
「2683年にロボットが生まれた時、世界は大きな発展を確信しました。当時は『人類に貢献する貴重な共有財産が生まれた』と、ある国のトップが演説までしたのです。
しかし違う考え方を持っていた人もいました。ロボットは人間同様の存在として扱うべきだという考えです。ロボットに主体性を与え、彼らが人間から独立した別の生命体として生きることを望んだのです」
「ロボットが人間と同じように考えるというのか!?」
「実際にロボットが考えることはあり得ません。しかし人間がそう思ってしまうように見えるほど、疑似的な人格や人間的感性を作ることは可能です。我々の人格の根幹をなす用電子回路の存在、膨大な量を記録するデータチップ、こういった技術がロボットに心を与えているのです」
「はあ…別世界とはいえそこまで出来るとはにわかに信じ難いな、うん。いかに僕の世界のロボットが未熟なのが分かったよ」
「しかしどの時代にも他とは異なる特別な才能を持った人間はいます。この時代の技術が劣るとは限らないのではないでしょうか」
「慰めなのかは分らんが、そういう見方もあるか、うん」
ロイズはパラレルワールドについて調べていた。空間や時間についての科学本、SFの小説や漫画、地域や海外の伝説など関係ありそうな内容は片っ端からデータとして詰め込んでいく。しかしどの情報からも、ロイズがこの世界に来たことについて確証を得られるものは無かった。
別にロイズとしては、元の世界に帰りたいとは思わなかった。彼がベル博士からプログラムされ、常々言われたことは自身を大切にしてロボットとして生をまっとうすることである。いずれ滅びる可能性がある世界よりも、奉仕する人がいて滅びの兆しすら見られないこの世界の方がその理念を実現しやすい。パラレルワールドについて調べているのは、あくまで現状を裏付ける証拠がある方が、この世界で疑われた際に説明できると考えたからだ。
もっともロイズを調査しようとする人間やロボットはいなかった。ロイズとしてはすぐにでも調査が入ることを危惧したが、杞憂だった。どうもベルの研究者としての世間的な評判は高くない上に、ロボットの法の基盤がまだできていないのか、一般のロボットの製作についてはかなり寛大のようだ。事実、町を歩いていると稀にロボットを見かける。それともこの国だけだろうか。
図書館でパラレルワールドについての本を数冊、ベルに頼まれていた化学本と娯楽用の小説を借りた帰り道に、ロイズを後ろから呼ぶ声がした。
「おや、ベルのところのロボットじゃないか」
「これはミセス・バーバラ。こんにちは」
ロイズが振り返ると、杖を突いたわし鼻の老婦人がいた。バーバラ夫人はベルの近所に住む変わった見た目の女性であった。鋭い眼光に曲がった背中、もこもことした毛深い服を着ていると、巨大な鳥に見える。本人も自覚しているのか、近所にバードと呼んでも構わないと言っていた。
バーバラ夫人はジロジロとロイズを見ながら口を開く。
「あんた、買い物の帰りかい?」
「ベル博士に頼まれた本を借りていました」
「博士ねえ…。そんな大層なものじゃないだろうさ。そりゃ、あんたを作ったのは見事なものだと思うがね」
ベルはロイズを自分が作成したロボットとして近所に紹介していた。元々、研究職であったことは近所に知られていたため、ロボットを作ったと聞いても驚かなかったようだ。もっとも近所でも評判は大したこと無かったようだった。ロイズとしてもバーバラ夫人の意見には同意していた。
「ところであんた、今度の日曜日は暇かい?」
「今のところ、ベル博士からはいつもの家事だけで特別な仕事は言いつけられていません」
「じゃあ、遊びに来る孫娘の相手をしてやってくれないかね。両親がどうしても外せない仕事が入ってあたしが預かるんだけど、この歳だからさ」
「ベル博士に相談してみます」
「頼んだよ」
ロイズの腕を叩くと、バーバラ夫人は杖を突いているとは思えない足取りで去っていった。見た目の割に健康的なその姿は、ロイズですら検査してみたいと思った。
「日曜日にバーバラさんとこの孫の面倒を?」
「はい。お仕事が無ければそちらに出向きます」
「別にいいよ。バーバラさんには厄介になっていたからね。断ったら、後で僕が何を言われるかもわからないし、うん」
タバコをふかしながら、ベルはロイズの話を聞いていた。2回ほど健康状態からやめることを提案したが、どうも落ち着かないらしい。ロイズもベルの意思を尊重したほうが、本人のストレス軽減にも繋がると判断したためすでに指摘をやめていた。
「ロイズは子守りもできるの?」
「製作者のお子様の面倒を見ていましたし、医療に従事していた頃は乳幼児からお年寄りまで相手にしてきたので、ある程度は出来るかと思われます」
「ふーん…というか、あんたを造った博士って子どもいるんだね」
「失言でした。個人情報を漏らすとは」
「いやこれを誰かに吹聴するつもりはないよ。話したところでパラレルワールドうんぬんって信じてもらえないだろうしさ。ただロボットもミスするのは、興味深いなと思って。
ところでさ、その顔で子守りって子どもが怖がらないか?」
「苦情を受け付けたことはありません」
「そりゃ、キミらの時代はロボットがたくさんいたし、世間的にも普遍的なものだったろうさ。でもこっちの世界だと、まだそこまででは無いからね、うん」
ベルの言葉に、ロイズは自分の失念に気づいた。パラレルワールドという非現実的な事情に集中していたが、この世界で生きていくのならばこの世界のロボットとしての認識を持たなければならないのだ。
ロイズが立ち尽くすのをよそに、ベルは借りてきた本をパラパラとめくっていた。
これだけ考えられるロボットがいればあっという間に世界征服できるんじゃないかと思ってしまいます。
感想、ご意見をお待ちしています。