第1話
再びSFものとなります。今回は以前のとは異なった要素を取り入れています。
そのロボットは今日も動く。車の無い道路を歩き、音の聞こえない街中でゴミを拾い、使えない商品が並ぶスーパーに運ぶ。この街をキレイに、など思ってもいない。ただあっても邪魔だから一か所に集めるだけだ。ただ一心に周りの廃墟とは一線を画す整備された白い体を動かした。
日が落ちる頃に、ロボットは自分の拠点へと足を運ぶ。ロボットがひとり住むには充分なほど広いその家は、周囲の廃墟と比べると手入れが行き届いており異彩を放っていた。部屋はいくつかあるが生活品の類は一切ない。ロボットはもっとも大きな部屋に入っていく。中には部屋の広さに見合うほど大きな台座があり、壁には手回しができるハンドルが備え付けられていた。ロボットはハンドルを手に取るとゆっくりと回していく。見た目通り大きな機械音が室内外に響くが、誰も気にする人はいない。ハンドルを回すと、台座に電力が溜まる。あとは横になって首筋のプラグを台座から伸びるコードに差し込み、動かないでいるだけ。充電が終われば、ロボットは3か月も稼働できる。
「お休みなさい、マザー」
この星の生き物と呼べる存在はすでに死に絶えていた。原因はたったひとつのウイルスであった。これに感染すると発熱、吐き気、頭痛といった症状が現れる。普通の風邪のように見えるが、1週間もすれば体の水分がどんどん抜けてやせ細り、酷い吐血と共に絶命する。そしてこのウイルスの厄介な面は人間以外への感染もあることだ。家畜やペットに加えて、蚊や蚤のような小さな虫にまで感染する。そのため感染経路はもちろん、始まりすらも不明であった。このウイルスによるパンデミックはあっという間に世界中に広がった。ただ絶望する者、諦めずに最後まで治療を試みる者、宇宙へと逃げようとした者、人々は様々な反応を示したが行きついた先は等しく死であった。たった3年間の出来事だった。
あらゆる生物が死に絶えた中、唯一生きていたのが人工知能を持った人型ロボットであった。2683年、人類が絶滅する381年前、ついに自律する人型ロボットが完成された。それは人類が大きく一歩を踏み出した瞬間であった。日常の労働力として、災害や医療現場の頼れる存在としてこれらの存在は社会に貢献した。年々、改良も進み、最終的にはエネルギーさえあればほぼ永遠に動ける者までいた。
もちろん問題もあった。ロボット自身が考えるようなことができるため、人間に対して否定的な感情を抱いたことも少なくなく、ロボットによるテロやストライキも多々見られた。だがそれも一時的なもの。人類もロボットも平和を望み、ロボットの様々な権利が認められるのと同時に人類とロボットの共存を可能にした。
もちろん先のウイルスの件でも、ロボットたちは重宝された。人間への治療に当たり、各地で調査を進めた。だがロボットも万能ではない。昼夜問わずに入れ代わり立ち代わりで調べたところでわからないものはわからない。彼らの尽力を持ってしても、人類の絶滅は防げなかった。
さて生物が死滅した世界となった地球だが、そのままロボット達の星とはならなかった。人間が消えたことで、ロボット至上主義を掲げていた存在が息を吹き返したのであった。各地でロボットの価値を主張し、同時に人間と共存していたロボットを奴隷的存在と卑下しながら彼らの進行は留まることを知らなかった。人間と共存していたロボット達も初めは話し合いで解決しようしていたが、徐々に苛烈になり最終的にはロボット同士で大きな戦争となった。最初で最後となったロボットのみの戦争は地球に残ったあらゆるロボットを壊滅まで追い込み、地球はあっという間に死を待つだけの荒廃した星となった。
このロボット―――ロイズはそんな長い歴史の中で生き残った稀有な存在である。彼は運と開発者のおかげで生き残れた。開発者のベル博士が家事手伝い兼助手として造ったロボットがロイズである。電力の供給さえあれば永久的に動けるが、それ以外に特別な性能は無い。しかし専用の充電器は自家発電可能でいざという時のために設計図まで託された。そのためロイズは材料さえあれば、ほぼ永久的に自分でエネルギーを供給することができた。
またベル博士はロイズを家族として迎え入れ、彼自身の重要性を説いてきた。それはロボットとしての存在価値ではなく、人もロボットも命の重みは変わらない、生命の価値についてであった。その甲斐あってか、ロイズはあらゆる生命を大切に、そして自分を大切にするロボットとなっていた。ベル博士が死んでからも研究所の一部を使って医者として勤め、ウイルスのパンデミック時も尽力した。またロボットの戦争時は参加せず、あくまで自分を大切にするという考えの下、かつてベル博士と共に作ったシェルターに入りその難を逃れていた。気づけばこの街にはロイズしかいなかった。
3時間ほど経ったところでロイズは目を覚ます。ゆっくりと起き上がると、拠点を出て30キロ先の病院へと向かうために自動車に乗った。特に目的は無く、起き上がった時に50年以上近く行っていなかったことを思い出しただけだ。もしかするとまた瓦礫やゴミで散乱しているかもしれない。
荒廃したこの世界でもロイズはただ生きていった。特に目的があるわけでもなく、かつて自分が関わってきた場所に訪れ、ゴミを処理したりその周辺で物色していた。
孤独も希望も無い。たとえ全てが無くなろうとも、己の命が尽きるまで生きる、それこそがロイズにできる唯一のことであり、滅んだ世界への手向けになるのだと考えていた。
数十分で目的の場所にたどり着く。適当な場所に車を止めると、ロイズは視界に移る病院を見上げた。大きな建物だが、すっかり朽ち果てている。壁も窓もところどころに穴が開いており、明らかに崩れたであろう箇所も見受けられた。
ロイズにとってこの病院は少し思い入れがあった。パンデミック時に通っていただけでなく、最後に自分以外の存在に出会った場所なのだ。名前も知らないそのロボットは、出会った時からすでに限界を迎えている様子であった。ロイズは手を尽くしたが、助けることはできなかった。そのロボットは最後とばかりにロイズにあるデータチップを託した。そこに記録されていたのはウイルスのワクチンの作り方であった。ロイズは驚いたが、それ以上のことを話す前にそのロボットは事切れていた。
あとでロボットの素性について調査すると、ワクチン開発の中核に関わっていた高名な研究者であったことが判明した。人間を救うことができなかったが、せめてもの意地で開発させたのだろう。それを知った時、皮肉な運命を感じた。というのも、ロイズはこの星にそのウイルスが存在していないことを知っていたのだ。そのウイルスは繁殖、感染能力こそ高いものの、潜伏期間は決して長くない。生物の体内で次々と繁殖していくので止めようがなかっただけだ。ロボットだけの時代が始まった瞬間、ある意味ウイルスは終わりを迎えていた。このワクチンが無用であることを知るロボットにそれを渡すとは…。
間もなく日が落ちる頃までロイズは作業をした。ロボットなので疲れ知らずではあるが、夜になると視界の悪さが目立ちライトの使用を余儀なくされる。自身の電力の無駄を避けるためにも、ロイズは夜には行動を起こすことはめったに無い。さっさと車に乗り込むと、拠点へと向かっていった。
数十分後、拠点に戻ったロイズは再び充電部屋へ入りハンドルを回した。自身の充電だけでなく、この家全体の至る箇所に発電機能は備わっている。この拠点もかつてベル博士が研究所兼自宅として設計したものであった。その手広さと仕事場へのこだわりが結果的にこの時代までロイズを生き残らせたようなものであった。
無心にハンドルを回すロイズだが、その手がぴたりと止まる。なにかが聞こえた気がするのだ。ロイズは自分の気がすると感じたことは、行動に移していた。
充電部屋を出た彼は、たまに入る通信部屋へと赴く。通信部屋では衛星を介した装置が置かれており、あらゆる電波を感知できた。もっとも電波はあらゆるものから生まれるため、最近はロイズも調べていなかった。しかし今回はそうもいかない。装置の履歴を見ると、人工的な電波がわずかに捉えたのだ。
ロイズはロボットでありながら一瞬動きが止まるような雰囲気を醸し出していた。まさか生存者がいるのだろうか。調べてみると、ある海岸の近くから発せられていたようだ。車で走れば1時間半でたどり着く場所だ。生存者だとしても今まで見つけられなかったのが不自然なほどの距離だ。そうなると機械の故障か、偶然出た電波をキャッチしたか…いずれにせよ期待は持てない。ロイズとしても繋がりを求めているわけでは無かったので、特別気にすることでもなかった。しかし…
翌日の日が昇った辺りにロイズは車に荷物を載せて出発した。目的地はもちろん電波を捉えたところだ。今さら生存者を発見したところで、ロイズ自身が変わることは無いだろう。それでも確認は必要だし、仮に生存者がいるならばロボットとして助けなければならない。一種の責任感を抱きながら、彼は車を走らせた。
目的の海岸は潮風が強く、波も荒れていた。石造りの足場はすっかり削れて決して歩きやすいとは言えない。海でも作業できるように整備はされているが、それでもこの潮風の中に長時間いるのは賢い選択ではない。
ロイズはこの辺りに来たことが無かった。海が近いのでなるべく近くに行かないことにしていたのもあるが、同時にこの土地自体が文明と隔離されたような印象を受けていた。この場所にもロボットや最新の機器はあったが、必要最低限な上に町の雰囲気を損なわないためか自然の多さや建物の造りも当時ですら時代遅れと揶揄されるようなものが多かったのだ。思い出も雰囲気もそぐわない場所に行くほど、彼も気まぐれでなかった。
ロイズは急いで、携帯型の電波受信機を準備する。さらに地図を広げて前日に感知されたであろう場所の範囲を見回し、それらしき建物が無いかを探した。歩きづらい石の足場、2つだけ残っているテトラポッド、倒れて腐った木の数々、人が消えて何年経っているかわからない古い民家がいくつか…目ぼしいものは見当たらなかった。ロイズは車の中で電波受信機を作動させたまま、民家を調べに行ったがどれもそれらしい機械の類は無く、古いアンテナ1本すらも見当たらなかった。
ただ黙々と周りを調べる。生存者がいるのならば救助の必要があるし、いないのならばそれまでだ。ロイズはただ元来ロボットが持つ使命に従って動いていた。
2時間以上経ったところで、この周辺に生存者はいないという結論を出さざるを得なかった。もう少し手広く調査すれば見つかるかもしれないが、間違いなく夜に差し当たるだろう。
ロイズは再び海岸に足を運ぶと、海を覗き込む。長い時間をかけてウイルスすらも流していったものだ。何度も続いた戦争により海の生物も多くが死滅したが、もし地球に生物が残っている可能性があるとしたら、海だけだろう。もしかしたら、海に落ちた機械が何かの拍子で作動してわずかに電波を発したのかもしれない。
その時であった。携帯型受信機が音を上げる。確認すると、昨日と同じような微弱な電波をキャッチしていた。しかも場所は間違いなくこの近辺であった。
ロイズは出所を探すように海に背を向けて振り返るが、これが失敗だった。たった一瞬、強風と偶然の波が彼を襲ったのだ。ロイズがそれに気づいたときはすでに波に飲まれ、バランスを崩して海に落ちていった。
なんという失敗だろうか。ただ生きるだけではあったが、こんな不確定な情報を調べるがために失敗をしてしまった。体全身を水につけるなど、そんなことを想定された造りはしていない。助かる手段も無い。だとすれば、ロイズがたどる道はただひとつしかなかった。
ゆっくりと、そしてあっという間に彼の体は沈んでいく。すでに動きもせず、視界にはぼやけた外の光だけがわずかに反射して飛び込むだけだ。
この地球に生存していた最後のロボットは、その時に姿を消したのであった。
キーワードでネタバレしていますが、このロボットはどこへ向かうのでしょうか。
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