表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編

前編、中編、後編の三部作となっております。

中編は本日1/23の16時台に、後編は17時台に投稿予定です。

どうぞ最後までお楽しみいただければ幸いです。

「夢を見たの。どこか知らない場所で、でも、なんだかなつかしいにおいがするの。それに、あたたかくって、けれども胸がかき乱されるの。帰らなくちゃならないって」


 小さなティーポットから、湯気の立つお茶を入れて、ぼくはリオンに向きなおった。答えるかわりに、ティーカップをリオンに手渡す。かちゃかちゃと、陶磁器がぶつかる音が響いた。


「ありがと」


 リオンのまぶたがふっと閉じられる。ぼくが一番好きな瞬間だ。人形の里に暮らす人形の中でも、まぶたを閉じることができるのはリオンだけだ。それに、ぼくやリオンのように、ビスク・ドールと呼ばれる陶磁器でできた人形は、この里の中ではとてもめずらしい。リオンは特別なことばかりだ。さらさらとしたブロンドの髪、すっきりとした顔立ち、青い瞳、真っ白なドレス……。


「ック、ロック!」

「えっ? あ、ごめん。夢の話だったね」

「本当にちゃんと聞いていたの? ぼーっとしてて、心配してくれないのね」

「違うよ、ただ、その……リオンに、見とれてたんだ」


 ぱちぱちとリオンがまばたきした。


「またそんなこといって、ごまかそうって思ってるんでしょ?」

「本当だって。リオンはとてもきれいだよ。……でも、いまだに信じられないよ、リオンがぼくの家族になったなんて。ぼくなんか、髪の毛もぼさぼさだし、服もうすよごれて汚いから」

「そんなことないわ、ごめんなさい」


 リオンはうつむいてしまった。リオンの手には小さすぎるティーカップを、指でいじって静かに考えこんでいる。ぼくたちは人形だから、お茶を入れてももちろん飲めない。ただ、ティーポットがあるからお茶を入れているだけだ。でも、どうしてだろうか? 考えると頭の奥がずきずきする。その痛みをごまかすように、ぼくはぽつりとつぶやいた。


「夢のこと、里長に聞いてみたらどうだろうか? 気になるんだろう」


 リオンが顔を上げる。青い瞳が、きらきらと輝いて見えた。


「いいの、本当に?」

「うん。さ、そうと決まれば早くいこう。きっと今夜からはぐっすり眠れるはずさ」


 ぼくはわざとおどけた声でいい、リオンの手を取った。すべすべとした感触の手も、特別の一つだ。ぼくたちはかがんで、小さなドールハウスから抜け出した。




「この里の人形たちは、みんなどこからきたのかしら?」


 里長の住んでいるドールハウスへ向かうとちゅう、リオンがぽつりとつぶやいた。ときどきリオンは、不思議なことをたずねてくる。夢のこともそうだし、里のみんながどこから来たなんて、ぼくは考えたこともなかった。


「うーん、わからないな。でも、たまにふらっと仲間が増えるよね。覚えてる? リオンがこの里に初めて来たときのこと」


 リオンは、くすくす笑いながらうなずいた。


「ええ。みんなが歓迎会を開いてくれたわ。ロックったら、子供みたいにはしゃいじゃって」

「いいじゃないか。だって、リオンが来るまでずっと、ぼくは一人であのドールハウスに住んでいたんだから。でも、びっくりしたな。ぼくと同じくらい、ううん、ぼくよりも少し大きなビスク・ドールがやってくるなんて」

「そんなにめずらしいことなの?」

「うん。里長に聞いたら、百年前くらいは多かったらしいけど、今はほとんど見られないんだって。骨董品だって。里長みたいに古くないのに、失礼だよな」

「里長さんは、そんなに古い人形なの?」

「ああ。正確な年は、里長自身も覚えてないらしいけど、千年以上も前にこの里に来たんだって」


 リオンのまぶたが、ぱちぱちとまばたきする。


「うそでしょ、そんな長く生きられるの?」

「たましいが宿っている間は、ずっと生きられるそうだよ。壊れることもなく、永遠にね」

「それなら、この里は人形たちであふれかえっちゃうじゃない。どうしてそうならないのかしら?」


 リオンが首をかしげる。


「うーん、どうしてだろう? この里がすごい広いからじゃないの、きっと。あっ、ほら、里長のドールハウスだ」


 ぼくは遠くに見える、わらぶき屋根の家を指さした。リオンが不安そうにうつむいた。


「どうしたの?」

「ごめんなさい。でも、里長さんってちょっと怖いの。あの細い目に見つめられると、自分の心が全て見すかされているように感じて」

「まあね、里長もめずらしい人形だもんな。雛人形だったっけ? なんでも川に流されているうちに、この里にたどりついたとか。なんで川に流されたかはわからないけど」

「流し雛と呼ばれる儀式でしたのよ」


 うしろから突然声をかけられて、思わず飛び上がってしまった。真っ黒な長い髪に、何枚も重ね着した着物。それに閉じているのか開いているのかわからない瞳は、紛れもなく里長だった。


「さ、こちらへどうぞ」


 里長にいわれて、ぼくたちはわらぶき屋根の家に入る。中は畳張りになっていた。里長は大きめのいすを、かかえるように持ってきた。リオンがぼくの手を取る。安心させるように、ぼくはその手をにぎり返した。


「それにしても、久しぶりですわね」


 いすにすすめられて、ぼくとリオンは腰かけた。里長もふわふわしたざぶとんにすわる。


「久しぶりって、この間もお会いしたじゃないですか」

「そうではなくて、リオンさんのことですわよ。『人わずらい』にかかった人形は、何十年ぶりですからね」

「『人わずらい』?」


 リオンがゆっくりと顔を上げた。考えこむように、まぶたがふっと閉じられる。ぼくは里長をにらむように見おろした。


「なんですか、その『人わずらい』っていうのは? 変な病気じゃないですよね」


 里長は答えずに、リオンに向かいあった。


「リオンさん、あなたはずっと同じ夢を見ていますわね? どこかに帰りたいという、そんな夢でございましょう?」


 リオンが目を見開いた。


「どうしてそれを」

「『人わずらい』の特徴ですわ。そして、あなたが見ている夢は、あなたが失った記憶が見せている夢なのでございます」

「失った記憶?」

「そう。そしてこの話をするためには、まずわたくしたちのたましいの話からしなければなりませんわね」


 里長はじっとリオンを見あげた。

中編は本日1/23の16時台に投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ