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人質の解放をと口にしているが、ヴィクトルが既に剣を手に持っていることからも、仮にオーレリアが死んだとしてもその瞬間にヴィクトルがレガリア侯爵を斬って捨てるということが目に見えている。
悪事の反抗現場を見られたレガリア侯爵は膝を震わせながら短剣の先をヴィクトルに向けた。
最早彼女もパニックになっているのだ。 何故ここが分かったのか、どうしてジェシーとオーレリアがいることが分かったのか。 少なくとももう少しタイミングが違っていれば、ここはただの荷物を積み込んだ荷馬車の一つだったはずなのに。
その中で、はっとレガリア侯爵はジョージ王子を見つめた。
かつて、妻だったダイアナが言っていた。 「ソフィアは王子様には運命が見えると言ってたんです」
その時はただの戯言だと聞き逃していたし、実際に妄想と現実の区別がつかず精神薄弱者として塔に閉じ込められていたジョージ王子が運命が見えるなど、誰が信じたものか。
けれど、こうなってしまえばもはや信じる他なかった。
「く、来るな……私が何をしたというのよ……美しくありたいのは当然でしょう! 女なのに男として生きることを強要されて、私がどれだけ苦しんでると思ってるのよ、私が、私が何をしたっていうの!」
ヴィクトルは額に青筋を浮かべたまま歩み寄っていた。 もはや人質であるオーレリアの安全など度外視だ。
目の前で崩れ落ちる人間よりも悪の滅殺を目的とする暴力機関ならばそれが当然だろうと思いながらもオーレリアは息を飲んでいた。
かつて斧で肩を割られた時は痛みのあまりに絶叫してしまった。 せめて今回は悲鳴などあげるまいと唇を強く結んでオーレリアは痛みに備えていた。
「来るなああああ!」
レガリア侯爵の悲痛な絶叫と共に自分を突き刺そうとする短剣にオーレリアが見開いた目は信じられないものを映していた。
利き腕とは逆の左腕を伸ばしたヴィクトルは短剣の刃を握り締めていた。 鮮血が短剣に吸われていく中でヴィクトルは怒りに満ちた目で剣の柄を振るい、そのままレガリア侯爵の側頭部を殴りぬいた。
レガリア侯爵の体は容易く吹き飛ばされて荷馬車の積み荷にぶつかり、そのままずるずると床に崩れ落ちた。
ぼたぼたと血を流しながら短剣を床へと落とすとヴィクトルは静かに手を下ろして、オーレリアの体を支えた。
「人質は保護した! レガリア侯爵の身を拘束しろ!」
「はい!」
背後の部下に声をかけると懐中電灯を手にしていたレイ中尉が荷馬車に飛び込み、すぐさまレガリア侯爵に手錠をかけていた。
「大丈夫でしたかな」
床に倒れたままのジェシーに声をかけたボンベルメール辺境伯はその手に持っていた女性用のハンドバッグを手渡した。
「廊下に落ちていたこれをソレイユ大佐が見つけてくれたおかげで、事が動いた」
穏やかな口調で告げながらジェシーの手首を戒めていた縄をロランが切ると、ジェシーはハンドバッグを抱きしめた。