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「それに、もし気付く人間がいてもそれは簡単に黙らせられたわ。 何しろ、侯爵夫人という立場があるもの。 アルビオンでは女も爵位継承は可能……私の立場に逆らえるものはそうはいなかった」
「聞いてもいないのによくしゃべるのね……そんなに自分の入れ替わりを知ってほしかったの?」
縛られて床に倒れた状態でもオーレリアははっきりとした口調で尋ねた。 彼女にとってこの女……いいや、男はもはや敵だ。
敵に情けない姿を見せるなどオーレリアの矜持が許すはずがない。
「そうね、アルビオンで同じ人間はいなかった。 けれど、まさかこの国に同じような人間がいるなんて思わなかったから、少し聞いてほしいのかもしれないわ」
そういってダイアナはジェシーを見つめた。 ジェシーは青ざめた顔のままダイアナを見つめていた。
「男の体に生まれた女……辛かったでしょうね。 あと数年もすれば貴方は可愛い女の子じゃいられなくなる、ドレスもリボンも似合わなくなる。 けれど、今のままなら貴方はずっと可愛い女の子でいられるわ」
ダイアナは自分の懐から短剣を取り出した。 それは妙に悪趣味な彫刻が施されたもので、柄の部分から管のような穴が覗いていた。
「これでその女を刺しなさい。 そうすれば、その女の血が続く限り、貴方は成長を止められる」
そういって差し出された短剣にジェシーは目を見開いていた。
そして、同時にオーレリアはアルルから聞いた事件を思い出していた。
「アルビオンの吸血鬼……」
四十代にしては不自然に若いダイアナの姿の理由はかつて若い娘たちの血を奪い取って、その血の続く限り自分を若く保っていたのだ。
オーレリアから言われた言葉にダイアナは唇を吊り上げた。 白い歯が口元から覗く姿はまさに獣のような笑みだった。
「そうよ。 前は殺しすぎて騒ぎになったから、最近は数をしぼっているの」
そういってダイアナはしゃがむと、オーレリアの黒い髪を撫でた。
オーレリアはその手を拒むように体をよじった。
「心配することは無いわ。 いつかは失われる貴方の美しさが可愛いジェシーのために役立つのだもの。 ただ老いて色褪せるよりずっと価値があるでしょう」
ダイアナから告げられた言葉に、オーレリアは耐えきれないというように吹き出して、笑い声をあげた。
恐怖に気がふれたかとダイアナは思ったが、オーレリアをよく知るジェシーはオーレリアが正気だと分かっていた。