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「お姉さま、お姉さま!」
オーレリアの意識を引き戻したのはジェシーの悲痛な声だった。
「ジェシー……ここは、どこ」
狭くて暗い場所にオーレリアとジェシーは閉じ込められていた。 妙に生臭い。 獣臭さとでも言うのだろうか。 そんな臭いの中でオーレリアは体を起こそうとして、自分の手足が縛られていることに気付いた。
「思ったより早く目が覚めたのね」
穏やかに告げられた声にオーレリアははっと顔を上げた。
そこにいたのはダイアナだった。 彼女は薄い絹でできたスリップドレスを身に着け、ワイングラスを手にしていた。 けれど、そのグラスに入っているのがワインでないことは明白だった。 赤黒く、透明感の無い粘り気の強い液体。 あれをオーレリアは知っている。
それが自分の胴体から噴き出ているところを見たのだから。
しかし、別に血を飲んでいるからとそれで驚くことではなかった。 別に血を使った料理はいくらでもある。 それ自体は奇妙でもなんでもない。
オーレリアが感じた違和感はダイアナ自身にあった。
「貴方、男性……?」
胸元は確かに豊かではあるが、薄手のドレスを身に着けていると肩幅やひざなどの骨が目立つ。 それに座り方もドレスが薄手になると女性より骨盤が小さいのが目立つ。
しかし、レガリア侯爵夫人であり母の姉ダイアナという立場では男性の筈が無い。
「あなたは、侯爵夫人ではなく、レガリア侯爵本人ということ?」
「そうよ、貴方顔も頭もいいのね。 素晴らしいわ」
嬉しそうに微笑んでダイアナは自分の腕を撫でた。
「本物のダイアナは地味な娘だったし、元々社交界にも縁が無かったから入れ替わるのは容易かったわ。 ソフィアもダイアナも地味だったけれど、ソフィアは殿下のお気に入りだったから入れ替われないと分かってたの」
そう告げながらダイアナは自分の頬に指を添えた。
何故、ジョージは止めなかったのだろうか。 運命が見えるというジョージならばこの入れ替わりを止められたはずなのに、とオーレリアは思ってから、はっと気づいた。
当時のジョージ王子はまだ十歳にさえなっていない子供だ。 そんな子供が運命が見えると言い出していたなら、周囲はどう思っただろう。 きっと薄気味悪い、妄想と現実が区別のつかない子供だと思っただろう。
「ダイアナの両親が死んだあと、ダイアナと入れ替わって気付く人間はほとんどいなかったわ。 最初のうちはレガリア侯爵が病気で倒れたといって社交界から離れたし、夫が死んだと言って社交界に復帰した時には周りにダイアナの顔を覚えてる人間は一人もいなかった!」
オーレリア自身も母に感じた凡庸な顔立ちという印象。 おそらくは本物のダイアナも地味で目立たない令嬢だったのだろう。 それが所領から出てきてから少しずつ美しくなっていったのだ。 おそらくは夫を失った後に女ざかりを迎えた彼女が変わったのだと周囲は思ったのだろう。