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「そんなに大切ですか、彼女が」
「友人を見捨てたら私が私でいられませんもの!」
あくまでも自分の為。 ジェシーを令嬢として育てたのはオーレリアだ。 ならばジェシーの保護者として彼女を守るのも自分の義務。 それを捨て去って笑っていたのではオーレリアは一番好きな自分を汚すことになるとホールから立ち去った。
オーレリアは急いでジェシーの部屋へと向かった。 途中ボーイから鍵を受け取っていたため、扉をあけることは問題なくできたが、鏡台の前に置かれたままになっているハンドバッグを見て、オーレリアは愕然とした。
生の革の色をそのまま使ったハンドバッグ。 細い肩紐がついていて、真鍮のぴかぴかの留め具がついたバッグは、かつて皮なめし工房の話を語るジェシーが、父から別れ際に渡されたのだと言ってくれていた宝物。
オーレリアはハンドバッグを手に持つと、すぐに廊下へと走り出た。
「どうしたのオーレリア、パーティの途中だったのにそんなに急いで」
声をかけてきたダイアナにオーレリアは息を吐きだした。 今は一刻も早くヴィクトルに警備隊を動かしてもらわなければならないのだが、ホスト役である以上ダイアナを無碍にも扱えない。
「少々、やることがありまして。 ジェシーの姿が見えなかったので、探していたんです」
「まあ、彼女が? けれど、ホスト役がパーティから抜け出すなんていけないわ」
穏やかな口調で窘めながらダイアナはオーレリアの腕に自分の腕を絡めようとしてきた。
オーレリアは今、この瞬間にダイアナが大嫌いになった。
「この私がやることがあると言っているんです。 それより重要なものなんて何もないでしょう」
さっと手を振りほどくとオーレリアはバッグを手にしたまま立ち去ろうとした。
この世において自分がやろうと思ったことを邪魔する輩は全員オーレリアの敵だ。 虫けら風情が自分の歩みを邪魔するなど許しはしない。 たとえそれが叔母であろうとも、嫌いな輩に媚びへつらうほどオーレリアは堕ちることは決してない。
「そう、残念だわ」
立ち去っていくオーレリアの背後でそう呟くダイアナは笑みを浮かべて、オーレリアへと近付いていき、首筋にストールを巻き付けて一気に締め上げた。
「な、ぁ……!」
いきなり酸素が失われる。 呼吸がままならない。 オーレリアはストールを掴もうともがいたが、想像以上にダイアナの力は強かった。
がくんと膝から崩れ落ちるようにしてオーレリアは意識を失っていた。
そして、オーレリアの体を抱き上げるとダイアナはにこりと優美に微笑んで見せた。
「やはり若い女の子の方がいいものね」
後にはハンドバッグが一つ落ちていたが、ダイアナは大して気にも留めなかった。 こんなバッグ、どこにでもある、誰でも持っているようなものだ。 放っておいてもホテルのボーイが落し物として片付けるだろう。
そして、ダイアナはオーレリアの体を軽々と抱いたままその場を立ち去った。