40
ぽろぽろと涙を零していたジェシーはドアをノックする音にはっとなった。 慌てて涙をふくと化粧が崩れていないことを確認してから、扉へ向かった。
そして、そこに立っている人物にジェシーは少し驚いた。
「ジェシーがいない?」
最後の中継地点に立ち寄った時、ホールでの宴席中にレイ中尉から聞かされた言葉にオーレリアは眉を寄せた。
ジェシーはオーレリアを見つけたら追いかけてくるはずだ。 オーレリアと一緒にいるためなら馬に乗って使節団に追いついてくるような彼女がわざわざ姿を消す理由が分からなかった。
「ああ、部屋にもいないようでお前のところかと思ってたんだが」
ヴィクトルが自室を後にし、レイ中尉と離れた後からジェシーの足取りは分からなくなっていた。 最後にホテルのボーイが部屋に向かったのを見た、とは言っていたが部屋にいないのだ。
「どこかで買い物をしてるのかもしれないと思ったが」
「ありえないわ。 今はモルドヴァ子爵として来てるんでしょう、職務を途中でおろそかにするようなことあの子は絶対にしない」 そういう風に躾たのはオーレリア自身だ。 ジェシーが使節団の歓待のために来たというならば少なくとも王都での調印式が終わるまで彼女は使節団と共にあるはずだし、警護隊の邪魔にならないよう慎ましくしていたとしても、彼女の存在は目立つはずだ。
それが見当たらないというのはどう考えても異常だった。
しかし、同時に何故ジェシーなのか、という考えもあった。
今、この場から姿を消して大騒ぎになるであろう人物はジョージ王子とレガリア侯爵夫人ダイアナの二人だ。 その次に警護担当者であるヴィクトル、そして歓待のホスト役であるボンベルメール辺境伯ロラン、ロスタン伯爵名代オーレリアだ。
どう考えても外部の人間が狙う相手としてジェシーは妥当ではない。
「もしかしたら具合が悪くなって医者にかかってるんじゃないか?」
「血を吐いてでも職務の場では笑ってろと教えた私にあの子が逆らうわけないでしょう」
その教育は教育でどうかと思ったが、オーレリアがここまで言う以上、職務放棄でいなくなったわけではないのだろうとレイ中尉は顎に手を添えて考えた。
そこへ、不意にジョージ王子が現れた。
「この近くには革細工の街がありましたよね」
「ええ……申し訳ありませんが、殿下、今回の道行きではその街は通りませんの」
元より職工の多い街は雑然としていて警備には向かないことから今回の旅程からは外している。 しかし、唐突に革細工の話を出されたことでオーレリアは表情をこわばらせていた。
「ジョゼフの父親は、その街にいるのでしょう」