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ジェシーはヴィクトルの部屋から出ると自室でぼんやりと鏡台の前に立っていた。
母親譲りの癖がない金髪と愛らしい顔立ち。 薄桃色のドレスがよく似合う華奢な体。
今の自分の姿はいつまでもつだろうか。 父は大柄だったし武骨な印象を与える人だった。 きっと後、二、三年もしたら自分だって母より父に似た姿になるだろう。
どうしてこの体は男に生まれてきたのだろうかと考えるたびに、ジェシーは泣きたい気持ちになった。
オーレリアは立派なレディとして育ててくれたし、ジェシーもそれにこたえて素敵なレディになった自覚がある。 けれど、本当に?
あと二年したらきっと声変わりも始まってる。 背丈は今より伸びて、肩幅も大きくなって、こんな可愛いドレスが似合わなくなるのが目に見えている。
だから、オーレリアの側にいたかった。 オーレリアが「胸を張りなさい」と言ってくれればジェシーは無敵のレディでいられる。
例えどれだけ男の外見になったって、ジェシーは今のまま、可愛いレディでいられる。
けれど、オーレリアはヴィクトルと結婚するのだ。 嫌いだと言っていたし、それは嘘ではないけれど、オーレリアの心の中ではジェシーを想う気持ちより、きっとヴィクトルを想う気持ちの方が大きくあるのだ。
それがたまらなく悔しくてジェシーは涙を零し、両手で自分の顔を覆った。
女の子に生まれたかったと泣いたことはあったけれど、心まで男に生まれたかったと泣いたのはきっとこれが初めてだ。
小さなころから心と肉体が一致しないことをからかわれて泣いたジェシーをいつも慰めてくれた母はもういない。 無言でジェシーの好きなように髪を伸ばさせてくれていた父だって今は会えない。 ジェシーが大好きな人たちはいつだってジェシーの手元には残らないのだ。
「寂しいよ……」
いつだってこの体はジェシーの足手まといだったのに、今度は心がジェシーの足手まとい。 結局ジェシーは自分が好きになんてなりきれない。 どれだけ理想のレディになっても大好きな人の隣には自分はいられないのだから。
男に生まれてたらきっとジェシーは何も迷わずにオーレリアに結婚を申し込んだ。 どんな自分だってオーレリアは受け入れてくれるという確信があった。 彼女は自分に懐くものを足蹴にできないから。
女として男を好きになったならきっと素敵な人に恋をして、オーレリアに相談に載ってもらってたんだろう。 きっとジェシーの結婚式には花嫁より華やかな笑顔を浮かべるオーレリアが来てくれたはずだ。
でも、それはすべて妄想。 ジェシーは男で、女で、女が好き。
どちらか片方ではジェシーではいられないのだ。