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まともに会話になった試しなどない。 それでもヴィクトルはただ、オーレリア本人の口から罪を犯したか、あるいは罪を犯していないという言葉を吐かせるために訪れた。
鉄格子に向き合ったまま、二人はにらみ合い、一度として同じ感情を通わせることはなかった。
そして、一切オーレリアが王女暗殺未遂について語らぬまま半年以上の時が流れた。 その間もヴィクトルは職務の合間を縫い、毎日のようにオーレリアのもとを訪れた。 オーレリアは常に罵声を浴びせるばかりで会話にはならなかったが、それでもヴィクトルは尋問のためとたとえ早朝であろうと、夜更けであろうと彼女の房を訪れ、鉄格子をはさんで話しかけた。
しかし、いよいよ八か月を過ぎたその日、ヴィクトルは鉄格子の前を訪れ、尋問以外の言葉を口にした。
「ロスタン伯爵の処刑が執行された」
それは早朝のことだった。 貴族として斬首刑に処されたのだと聞いたその瞬間、オーレリアは目を見開きはじめて震える声を出した。
「可哀そうなお父様……」
横領は貴族にとって微罪だ。 賠償金と本来支払うはずだった税収とを収めればそれで許されるような罪だ。 だというのに処刑にまでされたのはきっと、王族暗殺未遂の疑いが娘のオーレリアにかかっていたからだろう。
オーレリアはそれきり言葉を口にはしなかった。 涙を一筋白い頬に伝わせたきり、泣きわめくことも憔悴して卒倒することもなかった。
ただ、静かに房の中にある粗末な木製のベッドに腰を下ろして前を見つめていた。
この日を境にオーレリアはヴィクトルへ罵声を浴びせることすらなかった。 ただ一日、眠る時を除いては壁をじっと見据えているだけで会話もしなければ笑いも、泣きも、嘆きもしなかった。
その様を見て諦めたのだ、と思う者もいただろう。 とうとう父を失った伯爵令嬢が正気を失ったのだと思う者もいただろう。 しかし、ヴィクトルだけはオーレリアの瞳にまだ爛々とした光が宿っているのが見えていた。
長きに渡る幽閉で薔薇色だった頬は死人のように青白くなり、艶やかだったブルネットはくすんだ炭色となって肩にかかっていたが、落ちくぼんだ眼窩の中で目だけは爛々と輝いていた。
それは怨念の輝きだった。 ただひたすらに壁を見つめ、一切の刺激を遮断したままオーレリアは憎しみを燃やし続けていた。 やせ細った体はかつての彼女の美貌の一切を奪っていったが彼女の中にある矜持だけは決して失われることがなかったのだ。