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明らかにトゲのある態度にオーレリアがまだ怒っているところへ油を注いだことが明白でヴィクトルは入り口に立ったまま口を噤んだ。
「お前が……害されていないかと」
「誰によ」
オーレリアがカフェオレを口に運ぶのを見ながら、ヴィクトルはゆっくり息を吐きだした。
無事だった、やはり自分の杞憂だったと安堵していた。
「レガリア侯爵夫人がお前に妙に親し気にしていると聞いて、不安になった」
「ああ……なるほど」
少し納得したようにオーレリアは頷いた。 確かに貴族階級には同性愛の趣味をもつものが多くいる。 ジェシーへの反応や自分へのやけに接触が多い態度といい、ダイアナが同性愛者で自分に情欲を示していると取られ
てもおかしくない行動は多くあっただろう。
それにしても、この男が婚約者の貞操の危機にすっ飛んでくると思うとオーレリアはいっそ面白かった。
「お前、私が心配だったの」
「それは無論だ。 俺はこの場の警護責任者であり、婚約者だ。 有事の際には一番に身をはる責任がある」
なんともムードの無い言葉だが、オーレリアはヴィクトルなりに素直に言ったことを評価していた。
これで妙な意地でも張っていたら何があろうと婚約破棄してやろうと思っていたが、婚約者の身を案じた、と素直に言ってくれることは悪くない。
「なら大丈夫よ。 確かに、あの人ちょっと距離が近すぎるけれどアルビオン風かもしれないじゃない」
「ならば、いいのだが……」
どうにも歯切れが悪い。
そもそもヴィクトルはこんな風に憶測で動く人間だったろうか、とオーレリアは首を傾げた。
ヴィクトル・ソレイユという男は確かに直情的で、怒りで人を殺すような人間ではあるが、証拠もなしに他人を無条件で糾弾する男ではないはずだ。
それがわざわざ、ダイアナが危ない、と感じたと言ってくるのは何か確信があったのではないだろうか。
「どうしてレガリア侯爵夫人が危険だと感じたの」
「それは……物的証拠があるわけではない。 ただ、モルドヴァ子爵からロスタン伯爵はアルビオンを避けていた、と聞いたので彼女に何かあるのかと」
「ああ……そういえば、確かにそうね。 私もお父様に付き合ってスパンダリやアレンシアへ旅行したことはあったけど、アルビオンだけは一度も行ったことがないわ」
カフェオレの甘い味を楽しんだまま、オーレリアは軽く足組をした。
「だけどそれがレガリア侯爵夫人を避けてたとはならないわよ。 だって、お父様もお母様もお互いの顔を見たのは婚約披露の場が初めてだったらしいから」
つまり、ロスタン伯爵はダイアナと直接の面識はないのだ。 それにダイアナは今はレガリア侯爵夫人。 つまり、母とダイアナの実家とは別の家に嫁いでいる。