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「僕はこの婚約に反対ですね。 土台、あの女を養ってくなんて不可能ですよ。 それに、閣下と性格があうとも思いません」
ヴィクトルの部屋にジェシーがいることは知っていただけにレイ中尉は特に遠慮なく告げていたが、ヴィクトルと二人きりになっていたということに少しばかり苛立っていた。
「閣下にはもっと慎ましいご令嬢が似合います」
「慎ましいご令嬢は軍人に嫁いだら卒倒するようなことしかないと思いますよ」
ジェシーはレイ中尉を見ながら、ソファに腰を下ろしてハンドバッグを膝の上にのせていた。
「私の母さんも子供のころはじゃじゃ馬だったって言いますし、女性はちょっとやんちゃなくらいが魅力的なんですよ」
「じゃじゃ馬どころか暴れ馬だろう、あの女は」
レイ中尉はそう言いながら今後の友好使節団の旅程をヴィクトルと確認していた。 明日、最後の中継地点を抜ければいよいよ王都につく。 そこで和平の調印を済ませれば使節団はしばらく王都にとどまった後に再度ボンベルメール領からアルビオンへと変える手はずになっている。
「ジョージ王子はどうしている」
ヴィクトルは簡素に尋ねたが、レイ中尉の方はやはり婚約者に粉をかける男が気になるのか、と眉を下げた。
「特に何も。 ボンベルメール辺境伯とは親しくなれたと喜んでおられましたが、目立って何かをするでもなく。 ロスタン嬢とも馬車の中や宴席以外ではそこまで親しく接していませんよ……というよりも」
考え込むようにして言葉を止めたレイ中尉にヴィクトルは目線を上げた。
レイ中尉は基本的にはっきりと物を言う方だ。 平民のヴィクトルに対しても見下すどころか心酔しており本心で接してくることが多い。 貴族階級の文化に馴染みが薄いヴィクトルにとってはレイ中尉は副官であると同時によきアドバイザーでもあった。
その彼が何か言いよどんでいるのは珍しかった。
「レガリア侯爵夫人の方がロスタン嬢にべったりで王子が割って入る余地がないんですよ」
「夫人はロスタン嬢の叔母だっただろう。 つもる話もあるのではないか」
「それは変ですよ」
不意に二人の会話にジェシーが入り込んだ。
「いま、真面目な話をしてるんだが」
レイ中尉が横やりを中尉するように窘めたが、ジェシーはそれで止まらず、言葉をつづけた。
「ロスタン伯爵家はアルビオン側の親戚とはほとんど交流がなかったですよ。 むしろ、伯爵はアルビオンを避けてるようでしたから」